「あ、鏑木衛門佐様～」

承明門から紫宸殿へと続く庭を警護している最中、
名を呼ばれ振り向くと、女官がひとり、こちらに手を振っている。

誰だろう？ 目をこらすと、紫宸殿の端近に立っていたのは、和泉殿だった。

和泉殿、宮中女官のひとりだ。
取り立てて美人という訳ではなく、才女という噂も聞こえて来ず、
ハッキリ言うと、女官の中では目立たず、影の薄いタイプ… と評されている。能力的には。

ただ、ある御方を一途に慕い、無視されても素気無くあしらわれても凹む様子を見せない
雅どころか、人間離れした前向きさで猛アプローチしているという…
その一点だけが、周知の事実として広まっていた。

「これは和泉殿、ご機嫌麗しいように見受けられますが…」
「はい。実は、空木宮様から御文を頂戴いたしまして～」

見せびらかしたいのがアリアリと解る浮かれ具合に、
鏑木は、それはおめでとうございます、と応え、高貴な御方の文を借り受けると、中には…

　　〝気のせいでしょう〟

と一言…。鏑木は顔を上げ、何と書いて送った文の返信か ?! と問う。
和泉はきゃっと声をあげ、和歌を詠みあげた。

しのぶもじずりの摺り模様のように、私の心は乱れています。
いったい誰のせいだと思います？　恋しい恋しいアナタのせいですよ❤
　　　みちのくの　しのぶもぢずり　たれゆゑに　みだれそめにし　われならなくに　By 古今集

それを聞いて鏑木はあんぐりと口を開ける。
その和歌に、この返答で、そこまで喜べる人はいないだろう… と思ったが、
言わぬが花と鏑木は口をつぐんだ。


　　* … * … *


…ということがありまして… と鏑木は生徒会室で先輩に囲まれて話をさせられていた。

平安学園には、鏑木の 〝過去の自分の意識の中に入り込み、その時代のことを見聞きできる〟
といった特殊能力を生かした 「鏑木くん通信」 なるものがある。
生徒会および心霊研究会のメンバーだけしか知らない極秘の平晏ルポルタージュだ。

「……和泉というと」
「はい、新聞部部長の和泉先輩とうり二つなんです、顔は。性格はだいぶ違うようですが」
「なるほど……」

二年の主要メンバーは何かを思案するように、
ある者は下を向き、ある者はまなざしを上に上げ、またある者は腕を組み…
やがて皆、ニヤリと口の端を上げ、鏑木に視線を向けた。

「その和泉、探れ」

誰が言ったのか。二年生の威圧感ある視線を一斉に向けられた鏑木には解らなかった。


…… 鏑木にはまだ、口にしていない情報がある。
それは初めて平晏の和泉と言葉を交わした日のことだった。

「誰だ ?!」
「怪しいものを誰何するのがお役目とはいえ、怖いですね、鏑木衛門佐様」

闇夜、洛中を警護していた鏑木に対峙していたのは、宮中女官の和泉だった。
親しくはないが顔は知っている、名乗られてみれば和泉の面影もある。ただ、その姿は……
女官ではなく、外出用の直衣に烏帽子を身に着けた男装姿だった。

「なぜ、そのような格好を」
「無粋なことを聞きなさる。愛しい女との逢瀬の帰りですよ」
「アナタは空木宮様一筋と聞いていますが…」
「もちろんです」

と和泉はさもことなげに応え、
そして堂々と 〝ですから浮気は女と決めております〟 と言い放った。

……足取り重い帰宅の途次、
鏑木は、これを二年の先輩に言ってもいいのだろうか… と空を見上げた。



～共有物語企画～
　　 源氏遊び
https://genji2017.blogspot.jp/



ミュミュさんが書いているホンモノの鏑木くん通信とは少しパターンが違うけど、許して ヾ(≧▽≦)ﾉﾞ

ちなみに現代版／新聞部部長・和泉 のコーデ
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=180002&aid=65807175
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