田の原の鴫
- カテゴリ:小説/詩
- 2018/04/26 16:55:47
武家歌合(ぶけうたあわせ)康正三年(1457年)
吉春の勝手に解説
◆武家歌合(00001)
うちしをれ-わくるもすそに-たつしきそ
-やまたのはらの-きりのゆふくれ
打ち萎れ 湧くるも(もや?)裾に 立つ鴫ぞ
山田の原の 霧の夕暮れ(吉春訳)
丹頂鶴が水辺で餌をついばむ姿は流麗であるが、
この鴫の場合は丁度人が打ち萎れているように見えたのであろう。
もやの湧いてくる水辺の傍らに立つ鴫に、
霧の夕暮れがいっそう哀れを際立たせている。
だがどうだろう? 享徳3年(1454年)関東では、
鎌倉公方と関東管領の間で全面戦争が勃発している。
打ち萎れている鴫に、武家や庶民の姿が重なりはしないだろうか。
◆武家歌合(00002)
ひともなき-かりたのはらに-たつしきや
-おのかあはれを-ねにもなくらむ
人もなき 苅田の原に 立つ鴫や
己があわれを 根にも無くらむ(吉春訳)
私はこれを読み、戦で苅田され焼き払われた後に立つ人を想像しました。
苅田とは、戦国時代に兵糧を得るためや,敵の兵糧源を断つため行われた刈り入れ。
鴫はもちろん己があわれを知るすべもなく、
むしろ放心して立ち尽くす農民の姿が重なる。
戦国黎明期にあって武士(もののふ)の詠まれた歌は、
自然の移り変わりの中に世相を読み込んだと思えてならない。
打ち萎れ
苅田のはらに
立つ鴫の
むせび泣くよな
霧の夕暮れ
2首のあわせ歌とでも言いましょうか、合戦の後の様子を想像しました。
コメントありがとうございます。
>大衆化こそ技能
良いお言葉ですね、心に響きます。
私を悩ませているのは、文才が無いのは勿論ですが
戦後期時代に生きる人々の人生観や道徳と言ったものですね。
現在の観念で戦で人を殺めたり、乱暴狼藉の類を量れない所です。
現代人の感覚と戦国期の人々の感覚のギャップを、どのように大衆化するか?
あまり現代よりすると、ホームドラマとして揶揄されてしまい
リアルを追求しようとすると出版、放送禁止になるかもしれないですね。
まあ!文才が無いのでいらぬ心配なのですが
大衆化こそ技能なのですよ。赤ちゃんに赤飯を食べろと言っても、無理。
食べやすい形にして、美味しく食べていただくようにすればいいのです。