Nicotto Town



自作小説 第一話

 夢を見た。私たちがまだ笑って暮らしていたころの夢。くだらないこと言って、喧嘩もして、それでも
笑っていたのに。なのに、なんで、なんで。その日々は、奪われちゃったの?


 「……はぁ、はぁ、はぁ……」
 私、柊 琴音(ひいらぎ ことね)は目を覚ました。時計を見ると、午前2時をちょうど回ったところだった。まただ。最近、ずっと同じ夢を見る。幸せだった日々が、壊れていく夢。幸せな生活を送っていたはずなのに、それが全て夢で絶望のどん底に落とされる夢。私にとっては、こんな夢は悪夢でしかなかった。一ヵ月前に起こった戦争。そこで私は、幼いころからずっとそばにいてくれた最愛の人を失った。幼馴染で、家族同然の存在で、恋人だった天羽 冬亜(あまはね とうあ)は、もうこの世にはいない。戦場で、「名誉の死」を遂げたらしい。本当のことはわからないけれど、私は「上の立場」の人に逆らえない。逆らったら殺されてしまう。そんなの嫌だ。生きないと。私は、冬亜が死んでから何回も死にたいと思った。けれど、生き続けている。それは、冬亜の言葉があるからだ。戦場に旅絶つ列車に乗る直前、彼は私に言った。自分の分まで生きてくれ、と。ほかでもない、冬亜の願いだから。私はそれを叶えなければ。
 もう、一度目覚めてしまうとまた眠ることはできない。たとえ横になっても、襲ってくるのは眠気ではなく冬亜が戦場に行くことが決まったときや列車に乗るとき、冬亜が死んだことが知らされた時のことがフラッシュバックしてくるだけだ。仕方なく、ベットから降りて机に向かう。日記帳を取り出して、そういえば昨日のことはまだ書いていなかったな、と思いつつページをめくる。今は7月。まだ私の18の誕生日も来て無いのに。冬亜の誕生日は4月だから、お祝いしたな。私の日記帳は四月から始まっていて、一番最初に書かれたことはやっぱり冬亜のことだった。お花見、ピクニック、お昼寝、デートなど、些細な事ーーでも今思い返せばとても楽しかったことがたくさんつづられている。六月にページが差し掛かったところで、私はもう読むことをやめて昨日のことを書くページに移った。悲しいページは見たくない。私は、本当は辛い過去はそんなに振り返らない主義なのだ。今はもう違うけど。昨日、何があったっけ。朝起きて、顔を洗って、朝ごはんを食べて、仕事して、昼ご飯を食べて、また仕事をして、帰って、夕ご飯を食べて、お風呂に入って、歯を磨いて、寝た。ただそれだけの平凡な日常。冬亜がいたころは違ったのに。
 ……いけない、また冬亜のこと考えてた。本当に何かあるとすぐ「冬亜」だ。もういないのに。それでも
いつかひょっこり本当に表れてくれる気がするのに。なんでだろ。信じれないや、まだ、冬亜が死んだという事実が。会いたい。会いたい。会いたい……。
 「そっか、会いに行けばいいんだ。」
 冬亜が死んだといっても、ただ「知らされた」だけであるから、本当はまだ生きているのかもしれない。疑っちゃいけない「上」の人の言葉だけれど、こればっかりは信じたくない。探しに行こう。会いに行こう。せめて、死体でも骨でもいいから見つけたい。思い立ったが吉日、さっそく今日旅たとう。何をもっていこうか。どこに行こうか。持ち物はいいや、身一つで。どうせ今も続く戦争のせいでお金なんて役に立たないし。きっとどうにかなる。目的地は…どこか、当てもなく探そう。冬亜が見つかれば私はその後は精一杯生きてから死ぬから。せめて、心残りはないように。実は生きていた、なんてことがあって冬亜より先に死なないように。あっちの世界で、巡り合わなければ意味がない。
 朝日が出てきたら出発しよう。夜明けと同時に出発、ってなんかかっこいい。冬亜が聞いたら鼻で笑うのかな。「くだらない」って。そんなことで喧嘩もしたな。早めに朝ごはんも食べちゃおう。いつも二人で食べていた朝食。二人向かい合って座っていたダイニングテーブル。一人になった今では広すぎて。やっぱり、二人で食べたほうがおいしいのに。私の料理の腕うんぬんより、冬亜と一緒に食べることに意味があったのに。食後の片付けも、一人。二人分の量より当然量は少ないし、手伝ってくれる人もいない。前まで二人で文句を言いながらも片付けていたのに。一回も守られたことのない当番表の話なんかしながら、二人で話しながらお皿を洗ったりふいたりしていたのに。そんなことをしていたら、もう3時30分。夜明けまであと2時間30分くらい?日の出が六時だと考えて計算するとそのくらいだけど。こんだけ時間があったら、文庫本を一冊くらい読めるな。私も冬亜も本を読むスピードがとても速かった。そうだ、今日は二人の一番お気に入りの本を読もう。「心の冒険」って本。題名じゃどんな本か想像は難しいだろうけれど、このお話はれっきとした純ファンタジーものだ。とても面白いし、何より主人公のセリフがきれいだ。一番好きなセリフは…
…………あれ、なんだっけ。ページも破れちゃってる。なんで、忘れちゃった。一番好きなはずなのに。
 「おかしいな……」
 もういいや。ほかの本を読もう。恋愛ものでいいや。別に何でもいいんだから。出発までの時間を潰せれば。今の気分ではないけれど、恋愛ものの小説を結局選んで読み進めた。可もなく不可もないお話。よくある片思いから両想いになるまでの流れを描いたストーリー。私たちは、生まれた時から両想いだったと思うけれど。
だって私たちの関係は、くさいけれど「運命」のはずだもの。
 そうしているうちに、時間は過ぎた。読み終わって本を閉じると、ちょうど朝日がはるかかなた地平線から顔をのぞかせたころだった。
 「ちょうどいい、今出よう。」
 木でできた少し重いドアを開け、外に出る。ひんやりとした空気が心地よいような、この間の敵襲のときの焦げ臭いにおいがまだ鼻につくような、不思議な気分。鍵をかけ、改めて一呼吸。さすがにまだ早い時間だからか、外を歩いている人はいない。まあ、こんな時期にうかうか歩いていて敵に殺されるのは嫌だものね、みんな。目的地として望むのなら、敵も味方もないところがいい。この町は排他的で、周りとうまくやって行かなくてはいけなくて息苦しかったから。いっそのこと、冬亜を見つけた場所で一緒に住むってのもいいな。どちらにせよ、この町に戻ってくるかどうかはわからない。旅の途中で不慮の事故にあって死ぬかもしれないから。まあその時はその時だけれどね。いちよう、言っておこうかな。この町にも。
 「サヨナラ」
 小さくつぶやいた。どんなに嫌いでも、最低限の礼儀は尽くさないとダメだから。これも、冬亜が教えてくれたことの一つ。自分たちのことだけではダメだって。変に私に対しては不愛想のくせに、時々だけ素直になったりして。ひと昔前の言葉を借りるなら、「ツンデレ」っていうところなのかな?
 




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