おすがり地蔵尊秘話(31)
- カテゴリ:自作小説
- 2018/03/14 17:36:33
「地蔵さんにお供えしようと思っても、地べたに並べるのは困ります。お坊さんもおられることですから、どうぞ、お供えの、おさがりやと思って、食べてください。」
誰かが代表して、こうした趣旨を言ったものだから、みんなが手に持ってきた物や鞄の中から、お菓子屋や缶ジュースなどを一斉に並べたのであった。
こうなると托鉢僧は、礼を言うだけでは収まらない。
「それでは地蔵さんに成り代わりまして、地蔵さんにお念仏を唱えっさせていただきます。皆さんも、ご一緒にご唱和して下さい。」
空気が騒々しくなってきたのを感づいて、家主の峰平かよ子が駆けつけてきた。
私が事情を説明すると、こう言った。
「大勢の人が来られるとなれば、賽銭箱や花立、お供え物の台かて、いりますな。平岡さんに、なんとかしてもらいます。」
家主は足早に土建屋の家に向かって行った。
今は情報時代なので新聞やテレビのスポットニュースに飛びついてきた人達なのだろう。あと何日続くかである。2~3日もすれば、事態は落ち着くだろう。私は楽観的に推理をしていた。ところがである、おすがり地蔵尊ブームが起こってしまったのである。いわゆる社会現象なるものの人間心理が、どこに由来するのかは分からない。民衆の勢いの凄さが週末に集中して、交通渋滞まで引き起こし、警察が出動する事態になって、私を驚愕させることになる。
もはや小説をゆっくりと書ける環境ではなくなった。こんな事態になるとは想定すらしていなかった。次々と人の波が発生して土曜日には国道にまで車の渋滞が延びたので警察が交通整理に出動した。こうなると再びマスコミが取材攻勢をかけてきたのである。まるで火に油を注ぐようなものとなり、混乱がさらに騒動を呼ぶサイクルになってしまった。
日曜日には、家主の玄関に通じる坂道にまで人の行列ができた。私は土建屋の息子と一緒になって、手渡されたプラスチックの赤い棒を握り、人並みの渋滞整理に汗を流した。行列の中に私は妻の秀子と娘の優子によく似た顔を見たような気がした。それは疲労感からくる幻覚だったのかもしれない。正直、この得体のしれない渦巻きから助け出してもらいたいと悲痛な叫びだったのかもしれない。私の弱音の現われとも解釈されたが、多数の群衆の中で孤独であった。
朝から夕方まで通路整理をするだけで私と托鉢僧の運善はクタクタになってしまった。もう、運善に至っては、念仏を唱える声もかすれしまうほどであった。