おすがり地蔵尊秘話(12)
- カテゴリ:自作小説
- 2018/02/13 13:04:46
例の毒を科学する本のことから始まった妻との喧嘩。娘の家に行ったきりで秀子が帰ってこないこと、先日、娘の夫である前島健太がやって来て、妻の秀子が精神的に不安定になって離婚したいと言ったことなどを詳らかに説明した。
「あんた。それは普通の夫婦喧嘩ですがな、なにも心配することいりません。私の亭主は5年前にガンで亡くなりましたが、そら、亭主と、よう喧嘩しました。口喧嘩だけと違いますで。ほっぺた、はたいて投げ飛ばしてやりました。それでも、喧嘩をやるだけやったら、後は、ええ間柄になりました。それなのに、ガンとだけは仲直りできませんでした。離れ部屋で、のんびり生活してはった、お爺さんは白寿まで生きられたのに倅はガンになって、親より早く死ぬなんて不幸もんでした。」
私は老婆の身の上話を聞いて、勇気づけられた。何も、小説なんか書けなくてもいいわけであって、もっと、秀子のことを真剣に考えないといけないと感じた。
「目から鱗です。私の我がままさえ辛抱すれば、仲直りできますから、もう一度、考え直さないといけません。」
「そらねー。奥さんが、そこまで考えておられるということは根が深いかもしれませんよ。ずーと以前から夫に不満をもっておられて、積もり積もったところで毒の本でしょう。一気に、日頃の憤懣が膨れ上がったのかもしれません。女って、そういうものなんですよ。普段は辛抱しているけれども、ちょっとしたことで、これまでの不満がいっぺんに爆発するんです。」
老婆は日頃から会話に飢えているのかもしれない。話し出すと自分の経験を混ぜ込んで、本人の過去の経験が噴き出すように喋り続けるのであった。私は離れ部屋の賃貸物件の下見に来ただけなのに、この貸主のお婆さんに捕まって、私の人生相談をしてもらっているような錯覚を覚えた。
「そろそろ、どうでしょうか。離れ部屋の件ですが。」
ここで横谷青年が口を挟んだ。タイミングを狙っていたのだ。私は横谷の言葉に気分がほっとした。
「ああ、下見にこられたんや。ころっと忘れるところでした。木原さんと仰いましたね。1カ月くらい、ここで暮らされたら、どうですか。気分転換になると思います。静かなところですので書き物も進みますから。それに、きっと、奥さんが、どんな暮らしをしているのかと訪ねて来ると思います。予言みたいな言い方ですが、わたしのね、八卦はよく当たるのです。」
老婆は冗談を言いながらも、私に離れ部屋を貸し出す戦略に出てきた。
気が合う とは、ほんとに、気が合うのだろう。
ブラックビスケッツの「タイミング」。