Nicotto Town


「時のかけら」


創作小説 「癒しの水」~復活遊戯~ 前篇

 癒しの水 復活遊戯

 

焦りがない、というと嘘になる。

闇も深まる深夜にクルトは西院の奥にある泉に足を運んだ。

本日から始まった四法院の会議、その後に起こった邪法士の魔獣使いとの戦いなど、事後処理に追われていつの間にか空に浮かぶ満月も天中を越えて傾いている。

コンコンと湧き出る泉で、沐浴をするのが毎日の日課。

あまり覚えていないが、西院に来てすぐにこの泉に連れて来られた記憶がある。

特別な許可がないと入れない泉で、毎日身体を清めることを義務付けられた。

はじめは何も判らなかったが、清浄な水で少しでも邪法士にかけられた生贄の呪縛を浄化するという働きがあったのだろう。

腕から肩にあった痣は、あったと聞いても分らないくらい、もう殆ど消えている。

生贄の元が絶たれ、呪詛から解放されたからだ。

浄化としての沐浴が必要がなくなっても、習慣になったまま毎日のように来ている。

泉水に浸ると、心が安らぐ。

水の性質が合っているからだろう。

昼間に使った力が、戻って身体が軽くなるような感覚。

どうやら思ったより肩に力が入っていたようだと、気付く。

風邪をひかないうちにと水から上がり、乾いた衣に着替えると、人の気配を感じた。

入口を見ると、見慣れた人影。

「クウマ様、早いお戻りですね」

明日の朝に戻ってくる予定の人物を見つけて、足早に歩み寄る。

王都に出かけていた国の法術師である、西院長のクウマ、クルトの師匠だ。

「今日は大変だったらしいな」

「えぇ、とりあえずは収まりましたけど」

明日はまた大変そうだと言外に告げる。

四法院の会議だけではなく、雷獣の事も耳に届いているようだ。

「・・・エンユを表に引っ張り出したそうだな」

「っ・・・・・・」

意外な言葉にすぐ言葉がでない。

「別に咎めている訳ではない。ある意味、よくやったというべき事柄だ」

クルトの様子にふっと笑みを浮かべて言い放つ。

たぶん、心情など見抜かれているのだろう。

公の場に姿を見せないエンユを、皆の前で新しい北院長であること、自分と兄弟であることを宣言した。

よく知らずに北院長を見下した態度をとる往来の法術士たちが腹立たしかったのも事実。

しかも、大抵が『ウワサでは法術士イチの実力者と謳われる西院のクルト様』を持ち上げるために使われる常套句。

エンユの実力はクルトが一番知っている。

性質との違いもあるが、戦えば絶対勝てない相手だ。

「たぶん、エンユの実力が知れ渡れば、私の噂など消えて楽になれるだろうと思ったんです」

確実に実力が上の者を知っているのに、一番と言われるのが苦痛だった。

「聖剣に認めら、自在に操つることもできる。それほどの法術士は稀だ」

素直にすごいと思う心。

お互いを認め合える兄弟という絆。

だからこその、少しの劣等感。

「・・・私は、聖杯の気配を感じたことはありません」

黙ってクルトの言葉を聞いていたクウマが、小さなため息をついた。

「そうか」

頷く短い一言にクルトは顔を上げた。

クウマは真っ直ぐにクルトの瞳を見ていた。

「私が、崖から落ちた幼いお前を助けたのは知っているな」

「はい」

邪法士の里から逃げ出した時、足を滑らせ崖から落ちて、離れ離れになってしまった。

その時、落ちた川からすぐに救ってくれたのが偶然近くにいたクウマだった。

「あの日はなぜか水質を調べるために川の源流を訪れていたんだ」

懐かしい昔話を語るクウマの表情は穏やかだ。

「人の気配と水音を聞いて、とっさに助けたのは事実だが、クルトを手元で育てたのには別の理由からだ」

「理由?

「普通、あの高さから落ちれば、水面に叩きつけられてタダでは済まない。でも、水から救いあげた時、お前は声を上げて泣いていたんだ」

「・・・?

「水が意思を持ったように、護っていたのだ」

「水の意思? 法術ではなく?

「そうだ。西院に連れて来た時にそれは確信に変わった」

 クウマの視線が泉を見据える。

 絶え間なく湧き出る泉水が、穏やかな流れを作って院内、そして院外へと流れていく。

「この泉の流れも、ずっと安定して湧き出でている。・・・お前がここに来てからだ」

「え?

「聖杯に何の気配も感じられないと言ったな?

「はい」

「うむ。実はそれは合っている」

「はい?

「あれは、それらしく作られた偽物だからな」

「偽物?

「歴史的は価値はあるだろうから高価なモノであるのは間違いないがな」

うんうんと頷くクウマを凝視してしまう。

「これは、院長になる時の引き継ぎ事項として極秘に伝えられる事なんだが、聖杯は地に埋められていると伝え聞いている。

どんな形なのか、どこに埋められているとか、はっきりした場所はもう誰も判らないが、お前ならもう、判ってるんじゃないか」

こんこんと湧き出る泉。

幼い頃からずっと癒してくれた、どこからか流れてくる清泉。

「エンユだけじゃない、クルト、お前ももうすでに選ばれている」

だから焦る必要も自ら卑下する必要もないんだ、と言外に告げる。

早く休めよと言葉を残して、クウマは自室へと戻っていった。

辺りは静寂な闇の中で、聞こえてくるのは小さな水の流れと風が揺らす梢の音。

そっと手を伸ばして泉の水に触れる。

源泉を探るような気持ちで浸した掌からは、どこまでも続くような穏やかな流れを感じるだけだ。

「聖杯からの水は世界の水に交じり合って、大地を潤しているのか」

そして気づく。

どこに聖杯があるのかは関係ない。

どこかで繫がっている水脈から、聖なる水を呼び寄せることができるのが、選ばれた水の法術士の役目。

この奥の院内の泉も、何代もの長が聖なる水を呼び寄せ繋いだものなのだ。

クルトは立ち上がり、明日に備えての準備をするため、泉を後にした。

来た時と違って、瞳に迷いや不安は消えていた。

後編に続く

完全に新作だったりします。
ここ3日間くらいで書きました。
何年振りだろうねぇ、書いたのは(。・ω・)(・ω・。)ネー
新作と言っても、「復活遊戯」の番外編なんですけどね。
「雷獣」「延ばされた手」「ジオラの記憶」と続いて4作目。
(過去ブログで公開済)
雷獣のクルト目線の小説です。
小説を書くきっかけとなった約30年前の映画を懐かしく見て、無性に書きたくなったのだ。やっぱ好きだわ、このキャラたちw
後編もほぼかけているので、近いうちにUPしますw
 

 





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