すれ違った影の交錯(10)
- カテゴリ:小説/詩
- 2018/01/10 13:09:08
明美は藤木文子を訪ねた。北野政頼が『よろず生活館』を開設していた場所から近くであった。電車が走る線路沿いにあるマンションの三階であった。チャイムを鳴らしてドアが開くと赤ん坊の泣き声がした。明美は北野政頼と別れた妻で今は実家の姓を名乗って大野明美であると説明した。藤木は警戒するような態度であった。
「どのような要件ですか?」と半ドアのまま藤木は言った。
ここまでくれば経過を説明するより、ズバリ本質を曝け出した方が協力をしてもらえるかもしれないと明美は決意した。
「私と北野との間に浩美という子供がいるのですが、この子が北野政頼の子供でないことを遺伝子検査で証明したいのです。もし、藤木さんが北野の事務所を整理された時に何か遺伝子検査に役立つ遺留品を残しておられないかどうか、念のためにお伺いしたいと思って、訪ねてきたのです。北野は遺言書で娘は自分の子供ではないと書き残しているのですが、遺産相続のことで政頼の兄である北野圭太が関心をもっているものですから困っているのです。私は北野家の遺産を娘に継がせたくないのです。というよりは、娘を北野家に取られたくないのです。」
「ご趣旨は理解しました。」こう言うと、藤木文子は態度を和らげて、明美を部屋の中へ入るように手招きしたのである。赤ん坊は文子の母親らしい人からミルクを飲ませてもらって静かになっていた。赤ん坊は生後、間もないようであった。
「政頼さんの机の引き出しに臍の緒が入ったケースがあったので残してあります。これをお渡しする条件として、北野政頼の遺伝子検査された結果を私に提供して下さることが条件です。私にとって必要なものですから。」
「ええ?どうしてですか。」
逆に明美はビックリした。藤木文子が北野政頼の遺伝子情報を知りたいという理由はどこにあるのであろうか。まさか、目の前にいる赤ん坊が北野政頼の子供だと言いたいようではないか。あり得ないことである。藤木文子は、政頼が無精子だったということを知らないのかもしれない。
「政頼さんとはガラス工場時代からの付き合いなのです。あの方は妻との夫婦生活がギクシャクするからと言って、私にいつも愚痴をいっておられましたよ。」
藤木文子の決定的な言葉で明美の頭の中で半鐘が鳴り響いた。一瞬だが、体がふわっと宙に舞った。全身が震えて気分が悪くなった。
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- アメショ
- 2018/01/11 07:06
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