霧の鷹留城と矢背負稲荷【その2.1】
- カテゴリ:自作小説
- 2017/12/04 01:13:09
2.1
時が経ち私は森の家へ帰って来た。
「母さん、私はどうしてしまったのでしょう? 人の子が愛おしくてならないのです」
「そうなの、それは貴女にもその時が来たのですよ、私たち白狐の定め時が」
榛名山は神の山と崇められ、そこに生きる者の内には神の力を宿しその使いが選ばれた。
白蛇や白狐など白く姿を変えられた生き物がそうである。
まるで人のように、心が芽生え異性を思うようになった時、その力が現れるという。
「貴女も、黒髪山へ行き闇龗神(くらおかみ)様に正しい力の使い方を授けて貰いなさい」
「どうして?」
「その力を悪い輩に使われてしまわないようにする為ですよ」
「力ってどんな力?」
「おおよそ望む所は叶うでしょう」
「え! そうなの、あの人とも一緒に暮らせる?」
「貴女が望み、それが正しい事なら叶いますよ」
「うれしい、私早速行くわ、闇龗神様の所へ」
「そうね、でもその傷が癒えてからになさい、良いわね」
「はい! 母さん」
満月の夜、箕輪城の西を流れる白川沿いに黒髪山を目指す私。
斜面がきつくなり、黒岩と鷹ノ巣山の間を行くころには谷は狭まり困難を極めた。
南天の月を背にして前方に漆黒の岩山が姿を現す。
いや、母の教えの通りやって来たはずなので、これが黒髪山のはずです。
辺りは水音も冷たく、染み渡るような沢の流れは聞こえる。
すると突然この寂れた世界は、少しの夜風が吹き上げ、ぱらぱらと枯れ葉を叩く音に掻き乱された。
振り向いて見上げると、静けき月より舞い落ちる雫が私の頬を打った。
「泣いてくださるの?」
月は応えてくれない。
私の心は今、あの人しか見えない。
お傍へ行きたい。そして、ずっとずっとあの眼差しを受けて居たい。
雨が通り過ぎると、風も足を止める。
山の天気は変わりやすい。
すると、それまで行く先を照らしていた満月が泣き濡れたのか姿を隠してしまった。
「どうしよう、これでは行方が定まらないわ」
するとどうだろう、鈴の音にも似た微かな響きが近づいて来る。
朧げに柔らか灯りが、黒髪山の方からこちらへ向かっているではないか。
「どうやら、これが母のいうお迎えなのね」
私はこれを頼りに山を登った。
その灯りは私の周りを、ふわふわと廻りその数を増してゆき、鈴の響きも華やかに踊る。
どうやら朧げに光らせた正体は、霧だと気付いた。
このふわふわの灯りの道しるべが無くなると、今度は海中を泳ぐ小魚の群れのように漆黒の岩を目掛けて流れて行った。
「待ってどこ行くの?」
小走りにこの後を追うと、この群れは岩の中へ吸い込まれて行った。
そしてまた足元を照らすように並んだ灯りの通り進んでゆくと、そこはどうやら洞窟の様だ。
奥まで進むと灯りたちが群れを成しその中央には、ゆるゆると湧き出す泉があった。
「ここがそうなのね」
灯りの群れは踊り、神妙に響き儀式を始めたようだ。
突然静まり返ると、灯りは数を減らしまた増やしと緩やかなリズムを刻んだ。
すると私の思考は痺れ、体を少しづつ覆いつくし、暗闇に落ちて行った。
「ここは何所?」
『気付いたか』
泉の上に竜の首が青白き光を放って据わっている。
つづく
黒髪山は私の住んでいる奈良にもあります。
萬葉集1241。
>神社を仕切る巨大な力の背景に迫って欲しい。
>それは闇の中の漆黒である。漆黒は桎梏に繋がっていく。
ごめんなさい、神社の背景にあるのは『闇龗神(くらおかみ)』であり
日本書紀に出てきそうな神様で、龍神(水の神)らしいのです。
榛名湖にも龍神(水の神)の伝説があります。
一応この話は、榛名山周辺地域を守る龍神が
狐を使者として遣わした話にしようかなと思っております。
でも、ここからファンタジーの世界に入って行っても面白そうですね。
それは闇の中の漆黒である。漆黒は桎梏に繋がっていく。
言葉の世界こそ闇なのだ。言葉は範囲を形成し、圧力となる。