夢の欠片その4(初陣の手柄)
- カテゴリ:小説/詩
- 2017/10/05 01:29:15
●初陣の手柄
「よいか吉春、初めが肝心じゃ」
「心して付いて来るように」
ここで猫を被った吉春が、さらに兜をかぶって駆けだして行った。
霧の中をしばらく進んで行く、二匹の猫。
「抜け駆けは許さんぞ、吉春」
「へへ、体がかるいぜぇえ」
「ひゃっほ、おろ」
「ぎぃぃぃにゃぁあぁsklgfあ」
軽いはずだったのは、どうも気のせいであったらしい。
どすんと落ち、ぼよんと弾む吉猫。
放物線の頂点で、体がねじられた偶然に、目が少し先の窪みを捉えた。
もう跳ね上がることを諦めると、頭上から滑空してくる何かが見える。
とたん、バサッと覆いかぶさるこの悪意は、抜け駆けの褒美らしい。
「まだまだじゃのう、吉春」
「何だよそれ、ももんがかよ」
「ところで祖父ちゃん、妙なものが見えたんだ」
どうやら霧のはしから、踏み外して飛び込んできた、この世界は雲の上らしい。
新雪のような真綿を踏み分け、件の窪みを見つけた二匹。
「いくるに くるし いくるにっ」
「なんだよこいつ、ねごとか?」
「どうやら、ここが戦場のようじゃのう」
「え!槍とか矢とか、違うの?」
「ちがうわい」
「ここはのう、この者の夢の中じゃ」
「でっ、どうすれば」
「ばかな、苦しんでおるじゃろ」
「早く助けてやれ、にぶいやつじゃ」
傷ついた羽をもつこの者の心を、そっと包んでおんぶした。
そして、ずっと立ち尽くす吉猫。
それを、じれったそうに見守るジジ猫。
「これから、どうするんかな?」
「背中に聞け、吉春」
すると背なでは、うわ言から解放された翼が安んじていた。
その寝息のなかに、微かな囁きが聞いて取れた。
「羽搏き はばたき ここちに つよし」
「羽かりる おまえかりる ここちに つよし」
勘違いだった、真綿をちぎるように力強く羽搏いた。
すると吉猫の体を軽々と持ち上げ、飛びあがるここちにつよし。
「どうやら、上手くいったようじゃのう」
「そうなのか、で俺たち、これからどうなるんだい?」
「羽に聞け」
こうやって、羽の心に連れられた、吉猫とももんが爺ちゃん。
羽は向かう先を、じっと見つめていた。
吉猫はそれを感じると、不思議に思い尋ねずにはいられなかった。
「そこになにがあるのですか」
つづく
じっと見つめる翼。
反射する照光と、飛び跳ねる輝きに、
この透き通るような白い翼は、ここちにつよし。
そして、飽きもせずに、じっと見つめる翼。
「なあ、本当は違うんだろう?」
「あそこに何があると言うんだ」
翼が目指す方向は、ただひたすら茂った森が広がっていた。
その広がりは、端の方で黒い霧に覆われ漆黒と同化していた。
「尋ねてみたらどうじゃろう」
「祖父ちゃん、俺さっきから聞いているんだけど」
「わからん奴じゃな、行ってみたらどうかって、こと・じゃ・よ」
すると、吉春は体がすっと浮いたような感覚に襲われた。
吉猫は、お決まりの絶叫とともに、羽の目指した森へ落下していった。
羽もその後を追うように舞い降りて行った。ももんがも行った。
あの高さからでも、夢の中と分かれば楽勝だ。
森の弾力性のある枝をクッションにして、猫特有の軽業を披露した。
地上まで届くと、吉猫は別に絶叫は、必要なかったと気付く。
「なんだよ、こんな所に来たかったんかよ」
すると翼をたたんだその姿で
「にあ」と一言、返るだけ。
「らくえん きわまる わする みち」
「みち つづくのむかし にあ」
二言、返るだけ。
やがて三言告げる間もなく、森の奥へと消えていった。
あてが外れてしまった、吉猫たちは辺りを見回す。
「こうも荒れ果てておっては、どうにもならんのう」
「あいつはいったい、何しに来たんだ」
「誰しも夢の中では、迷うもんじゃ」
「どやら御霊の国を、探して居るようじゃ」
楽園と言う名の故郷 御霊の国とを結ぶ道。
悪夢に覆われ、忘れた道を思い出すのは、困難極まれり。
何時しか道は獣道となり、何時しかそれすらも分からぬと云う。
「よいか吉春、わしの力はそうは続かん」
藪をかき分け、先にはあるものの、見当もつかず、
傷つき、破れようとも、足の向く限り、目の向く限り。
「おまえは、楽園と言う名の故郷を探すのじゃ、御霊の国をな」
吉猫の目指す、忘れた道を辿るのは困難極まれり。
「それがお前の、真の初陣じゃ」
「わしは、もう寝る」
「え!まじですかぁ」
つづく