Nicotto Town


今年は感想を書く訓練なのだ


夢の欠片その3(馴れ初め)

●馴れ初め
朝餉を待つだけとなった、この家のかまどからは、すでに火の気が消ていた。
この里の静けさに、色づき始めた景色を撫でた、季節にたがわぬ風が渡ってくる。
鳥の歌う声がした

「みなおとすがし たいきつめたし いくるにうれし」

どうやら九官鳥のようだが、どこから逃げ出してきたのだろうか。
さぞかし主は、さぞかしなのであろう、尊顔を拝したいものだ。
だが、この里の空を羽ばたくには、ちと早すぎたのかもしれない。
このように何とものどかな風が、吉春休む窓辺もゆすった。
どっかで聞いたことがあるような、さえずりであるが、
そんなこたあ、まったくお構いなしに腕をまくり上げ、小腹を爪でなぞる吉春。
その時、棚の上からコロコロと転げて落ちる音がした。

「いたい、痛いよお祖父ちゃん、こういうのだめだって言ったじゃまいか」

まだ、夢ごこちであった。
そんな、掛け合いをよそに、お勝手のほうから声がかかる。

「吉春、ごはんだよ」

これを察したのか、速やかに姿をくらます子猫。
そこへ、一足ごとに掛け声で調子を取る、むか~しの姫御前様の登場。
姫様は、わずかなその気配を感じると、転げる夢我珠をみてうなずいた。

「吉春、もう起きんかね」

そっと肩を揺するが、反応がない、ただの屍ではなさそうだが。
ちょいと含み笑いをする古の姫御前は、珠を拾い上げて、高さのころ合いを測った。

「いてっ!今度は血が出たぞぜったい」

むっくりと起き上がる吉春

「まったく、詩人に鞭打つとはこの事だ」

読みは合っているが、字が違うし、吉春は詩人じゃないし、寝てただけだし。
珠を拾い上げ、後ろ手に隠し、空いた手でこみ上げてくる口元を隠した。
このいたずらを、悟らせないためであった。

「ばあちゃん、まったくひどい夢を見ていたよ」

「起こしてくれなかったら、大変な目に合うとこだった」

もう会っている。
生え際の少し上は、赤みを帯び膨らみかけていた。
そして、ほんのわずかであるが、血がにじんでいた。
たしかに血を受けていた。

「朝ごはん頂いたら、ばあちゃんの所へおいで、吉春」

「うん、わかったよ、ばあちゃん」

つづく

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2017/09/28 23:38
●馴れ初め(つづき)

うちのばあちゃんは、この家で生まれ、この土地の水に親しみ、田畑を耕して育った。
お祖父ちゃんは、男子に恵まれなかったこの家へ、貰われてきたという。
そして、ばあちゃんと夫婦になるという件は、よくある話だ。

「ばあちゃんの作るみそ汁は旨いなあ、菜っ葉も最高だ」

「秘伝の味噌と、漬物の塩梅はお家芸なのよ」

仏壇に水をあげ、線香を立てると向き直した。
ばあちゃんは、小さな巾着袋を作法にのっとって差し出してきた。

「お祖父ちゃんから、吉春への託よ」

「げげぇっ、これは悪夢のつづきか」

中身をちらりと除く、吉春の反応はある意味正解だった。

「さあて、なんだかねぇ、そのうち分かろうね」

「どういう事さ」

吉春はこのばあちゃんとの会話に、違和感を覚えながらも夢の続きを語った。
そして子猫と一緒に現れた、姫御前がアルバムにあったのと、そっくりだった話をした。
ほうほうと、相槌を打ってくれては居るものの、本当に理解していてくれてるのかは怪しい。

「みゃぁ~ぅ」

「ギクっ、これはでじゃぶうか」

今度後ずさりしたのは、吉春の方だった。
いつの間にか現れたこの子猫は、ちゃっかり、ばあちゃんの膝でゴロゴロ鳴らし始めた。

「そういやぁ、お祖父さんもこうやって家にやって来たね~、ねぇ吉」

「え!もうその猫も家の猫に格上げされたのか、それも吉とか、よしじゃねぇし」

「つうか、お祖父ちゃんは野良猫だったのかよ」

「馬鹿なことを言うのはおよし、吉春、お祖父ちゃんは立派な家の息子だったのよ」

こんな風にちぐはぐな話をする、祖母と孫であった。
しかし、嬉しそうに吉猫と一緒のばあちゃんを見ると、あったか~い気持ちに満たされる吉春であった。

「吉春、寝るときはそれを必ず枕元に置いとくのよ、忘れずにね」

「え~!なんか怪しいんですけど、どおしても?」

「どおしてもよ、そのうち分かるから」

「めんどくさいなぁ、それに嫌なんだよなぁ、頭に落ちてくるイメージしかないし、痛いし」

お祖父ちゃんからの託とか言われて、巾着をぶら下げて部屋に戻る吉春。
子猫とお祖父ちゃんとの因果関係に整理がつかず、どうでも良くなって時間が無駄に過ぎて行った。
そして夜。

「吉春、初陣じゃ~」

「え!何この展開、また血がついてくる悪寒が……」

つづく



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