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速水猛のブログ アルカディア「Ἀρκαδία 」


業平の歌


世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし(古今53)

【通釈】この世の中に全く桜というものが無かったならば、春を過ごす心はのどかであったろうよ。

【補記】「なぎさの院」は、いまの大阪府枚方市辺りにあった惟喬親王の別荘。遊猟地であった交野(かたの)に近い。伊勢物語八十二段には、業平が交野で狩のお供をした際、「狩はねむごろにもせで、酒をのみのみつつ、やまとうたにかかれりけり。いま狩する交野の渚の家、その院の桜ことにおもしろし。その木のもとにおりゐて、枝を折りてかざしにさして、かみなかしも、みな歌よみけり」とあって、桜の木の下での酒宴で詠まれた歌となっている。うららかな春という季節――しかし、「春の心」は決してのどかではあり得ない。散り急ぐ桜の花に、心は常に急かされるから。桜など、いっそなければ…。歓楽に耽る中、<いまこの時>の過ぎ去る悲しみが、人々の胸を締めつける。

【他出】業平集、伊勢物語、新撰和歌、古今和歌六帖、金玉集、和漢朗詠集、前十五番歌合、三十人撰、三十六人撰、深窓秘抄、九品和歌、古来風躰抄

【主な派生歌】
春の心のどけしとても何かせむ絶えて桜のなき世なりせば(慈円[風雅])
いかならむたえて桜の世なりともあけぼのかすむ春の心は(藤原定家)
山里にたえて桜のなくはこそ花にみやこの春もしのばめ(藤原経高[新葉])
あくがれて花をやみましこの里にたえて桜のなきよなりせば(飛鳥井雅有)
よの中に絶えて春風なくもあれなふかでも花の香は匂ひけり(三条西実隆)
春といへどのどかならずも物ぞ思ふ絶えて桜のなきよなりとも(松永貞徳)





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