【短編】
- カテゴリ:自作小説
- 2016/05/22 02:26:13
# - おやすみ世界、目を開けて
あのとき私が目を開けたのは、本当はあってはならないことだと、気付いていたのです。
*
極寒の炎に呑まれ、視界が暗転する。
失敗した。そう思った刹那脳は痺れ、身体は凍える。
上げた悲鳴すら絶望の中に掻き消え、意識と魂は永劫に葬り去られた。
――ああ、死ぬんだ。
漠然と感じた恐怖に感覚は溶け、脳裏に蘇った友人たちとの記憶が、やけに眩く輝いていた。
ごめん、死んじゃった。
せめて一言告げることが出来たなら。
なら私はここに目を覚まして、彼女の顔を見たときに、もっと気の利いた台詞を言えたかもしれないのに。
寒かった。たとえようもなく。
青い炎の揺れるゴブレットの中で、鼓動を刻む暖かな光りが、失ったはずの魂なのだと気付いた瞬間、上げかけた悲鳴に喉を引き攣らせる。
もしもこれを失えば、またあのおぞましいほどの恐怖を感じる羽目になる。
お優しい彼女は答えを見つけているのにその決断が出来ずにいる。
言いたいのは山々だった。でも、告げてはならないのだと分かっていた。
だって死んだ私に出来るのは、ただただ死んだという事実に怯えることだけ。
あのナイフが心臓を抉ったら、いったいどれほど痛いのだろう。
想像するだけで吐き気が込み上げ、目頭を熱する。
彼女は私を殺すわけじゃない。
迎えに来てくれた、王子さまなのだと言い聞かせた。
銀のナイフは透き通るほどに煌き、白い部屋の中で冴えざえと輝いている。
最期の問答と彼女の涙。
私は、上手く笑えていただろうか。
――ごめんね、こんな役をやらせて
振りかざされたナイフが光った。
深く、強く、突き刺さった鋭利な銀が偽りの生命と殻を壊す。
温かい炎が全身を包んだ。
凍えるような寒さは終わり、気付けば彼女の腕の中に居た。
もしも今度、死んでしまったなら。
今度こそ女神様は私を見捨てるだろう。
失敗の爪痕を消えない傷は身体に刻んだ。
包帯だらけの痩身に、じくじくと滲む赤黒い液体。
もう二度と失敗は許されない。
私はまだ、ここにいたい。