狂気を認めて。自己受容の大切さ。
- カテゴリ:日記
- 2016/02/13 23:56:13
にっこり笑顔である事
感謝を思い出してする事
ふがいない自己を認めて受け入れる事
この3つを忘れずに・・・と、言うのはマザーテレサさんの言葉です。
ちなみに記憶によるモノなので、どこか間違っている可能性もあります。
それはご配慮ください。
ただ今回、引用させてもらったのは、「ふがいない自己を認めて受け入れる事」
自己受容について語りたいからです。
人生において自己受容ができる人が増える事をボクは心の底から望みます。
それは何故か。
自殺者は減り、争う人は減り、世界は平和へ発展して行くからです。
自己受容はそれほどまでに大切なモノだとボクは感じています。
マザーテレサさんが言うように
ふがいない自分を認めて・・・
ふがいないどころか・・・ちょこっとした事で喧嘩をした相手を殺したいとしか思えない、もっと言えば踏んづけてけちょんけちょんに。粉微塵にしてやりたいという殺意。狂気が溢れてくるばかりの自分を受け入れた時。
不思議な事なんですが。
ボクはいつも大いなる神によって頭をなでられている自分を見ます。
それはとても心地良く。
それはとてもいいもので。
気分がいい。
まさにそういう心境になるわけです。
言っている事は意味不明に聞こえるかもしれません。
殺意しか湧きあがらない自分がいてもいいのです。
悪しか感じる事のできない自分と一緒に歩く。
この決断と許しを自分に与える事が。
あなたを救います。
あなたが統合失調症であればなおさらです。
・・・ただボクはあえていいます・・・
決断するのは、思考を変える力は顕在意識には無いと
そこで真言の出番がやってきます。
「生かしていただきありがとうございます」
この真言を唱えてください。
「生かしていただきありがとうございます」
あなたの道を開くのは「感謝」という言葉。
ゆえに真言なのです。
そうするとあなたの元に「ふがいないあなた」を受け入れさせてくれる不思議な力が訪れますから
あい
世界観と言われるとよく分かりません。
でも、そのニュアンスは理解できるような。
コメントありがとうでした
自分の死を受け入れるために、あぁ、俺もそれが欲しい。から 唱えるよ。
顕在意識と潜在意識というモノがあって。
起きてから眠るまでの意識が、顕在意識。で、人間をビデオデッキに例えると・・・
目には見えないけど顕在意識にDVDを再生させているのが、潜在意識。顕在意識はテレビ画面だね。
思考のほとんどは潜在意識からのDVDの再生だから・・・
もしも顕在意識が思考を変えたいと望むという事は潜在意識からの、魂からの叫び
魂からの叫び・・・それが起こった時・・・
人は思考を変えたいと決断する。
思考を変えるには「行動」つまり、言葉を発する。何故なら「行動」は潜在意識に届きやすいから。
そう、行動を起こす事がDVDを再生し続けている潜在意識への反抗であり、希望。
「生かしていただきありがとうございます」
この言葉を言う事なんだ。
そうすると・・・いつの間にか・・・
潜在意識は別のDVDを用意してくれるようになる。
再生されるDVDが変われば、ボクたちが五感で感じる事も変わってくる。
ボクはこの真言を自分の死を受け入れるために唱え出した。
マッチ売りの少女のように。
彼女は12月の寒い空の下で「死を受け入れる力」を授かり笑顔で死んで行った。
家に帰れば父親に殴られる事をやめて、例え死が待っていたとしても「自分の足」で生きる事を選んだ彼女にボクは賛美を送りたい。
「生かしていただきありがとうございます」
この言葉は「死を受け入れる力」と、その逆「生きる事を受け入れる力もくれる」
生と死は裏と表。
わかってもらえるか分からないけど・・・だから、真言さえ唱えれば自動的に・・・
ビデオデッキに入っているDVDが入れ替われば、テレビ画面はそのDVDを再生して見せるしかないのだから。
あい
ってどういう意味だろう。