Nicotto Town


信じる事から、叶うか叶わないか決まる。


Smile again 【第十章】

第十章 『星空の誓』


裕樹…私、もう少しで思い出せる気がするの。
事故の日のこと、星空の丘での事もすべて、もう少しで。
裕樹…今すぐその約束を私に言いに来ることは、できないんだよね?

「…裕樹」

空っぽの手のひらを見つめ、呟く名前。
美加の中の薄っすらしていた影が、徐々に姿を現してきている。
落ちてばらけていた破片も、少しずつ元の形に戻りつつある。

もう少し。もう少しで、何かがつかめそう。

美加は深呼吸し、そっと瞳を閉じてみる。
瞼の裏に移るのは、裕樹と、星空達。
彼は月の光に照らされ、こちらを振り返りながら微笑んでいる。
そして、伸ばした手のひら──…。

「ッ…裕樹…今すぐ、私もそこへ…」

そっと伸ばした手。

その瞬間、裕樹の姿は嘘のように消えた。
粉々になり、また集めた破片がばらばらに砕けるように──。

「ヤダッ…ヤダ…!裕樹…」

一粒、また一粒と零れる涙を止めることさえ忘れ、美加は泣き崩れる。
シーツをギュッと握りしめ、力いっぱい叫んぶ。
その声は、廊下まで響き渡っていた。

扉の先に、ドアノブを握ったまま立ち尽くす男の影。
彼の横顔は、すごく、切なげで……

「裕樹…って、誰だよ」

とても、残酷だった。



〝事故の記憶は〟…その言葉にしこりを覚えた長谷川。
美女の意味深な発言は、いつまでたっても忘れることはなかった。

病室から離れ、一人歩く帰り道。
美加が自分の知らない男の名前を呼んで、泣き叫ぶ姿を見るのは、いくらなんでも辛すぎたのだ。

裕樹、誰なんだ。
もしかして、事故と関係している男なのか?
付き合っていた、とかいう…男なのだろうか…?

長谷川の頭は何度も回転している。
だが、いくら考えても答えなど見えてくるはずも無かった。

「彼女のために別れた」
女性はそう言った。しかし、彼女は皮肉にも、泣き叫んでいる。
自分のために別れたんだという事さえ知らずに…。

「…そうか。俺が、その男を探せばいいんだ」

閃いた最高のアイデア。
長谷川は、何としても美加を救いたかった。
彼女のために、しっかりとできることをしてやりたかった。

それは、過去の自分とつながっているから──…。

「と言っても、ソイツはどこにいるんだろうか…?顔も知らないし」

腕を組み、頭を悩ませる。
途端に、いいアイデアがひらめいた。

「あの女に聞けばいいのか…!それにあの女が何者かも聞いてないし」

長谷川は端末を起動させ、すぐに番号を押す。
ベルが鳴ったのはほんの一瞬だった。

「もしもし?何か進展でもあったの?」

「いや、聞きたいことがあるんだ…」

「……裕樹の事?」

「…ああ」

勘が鋭い。

「わかった。じゃあカフェで落ち合いましょ」

待ち合わせ場所を聞いて、すぐにカフェへと向かった。
長谷川のいる病院から行けば、そう遠くない距離だった。

カフェの扉の開く音は、いつもきれいなベルの音。
同時に見えたのは、派手な格好の女。

「あら、早かったのね」

「遠く、ないからな……」

その答えにふふっ、と笑みをこぼし、早速適当に飲み物を頼む。
女は、グラスをグッ、と持ち上げて、尋ねた。

「で?裕樹の事で何」

「病室で、美加が泣き叫んでるのを聞いた。裕樹って…」

「…そう。やっぱりまだ消えてないんだね」

「アイツのために別れたってなら、その男もまだ美加の事好きだろ?」

「当たり前じゃない!」

バァァァンッ…!

と、鳴り響いた音。
ちょうどコーヒーを運んできた店員が、肩をピクリと動かした。

「あ、ごめんなさい。どうぞ」

「し、失礼します」

そそくさと逃げるように去る店員。
「はぁ」と深いため息をこぼし、女は額を抑えた。

「…ごめんなさい、冷静になるわね。でも、彼がまず美加を嫌いになるなんてありえない事なのよ」

「っていうと…」

「私は美加が嫌いよ。でも、彼は死ぬほど美加を愛していた。それが悔しくて溜まらなかった時があったほど」

「好きだったのか?」

「好きよ。姉だもん」

「──…は?」

突然のカミングアウトについていけない。
長谷川を置いていくかのように、彼女は続けた。

「弟が嫌いな姉なんてそうそういないでしょ?私は、弟の裕樹が好きよ。でも…美加の事、認めてなかったわけじゃないし、むしろ認めてた。いい子だもん。でも、嫉妬ってやっぱり避けられないわよね」

「…ちょっ、待てよ。だったら話は早い。今すぐ裕樹に──」

「それができれば、裕樹から美加に会いに行ってるわよ」

「だからどういう意味だよ…!ちゃんと言ってくれよ」

「──…事故の記憶がないって事はね、事故を起こした相手も覚えてないって事だし、顔さえ…犯人さえわからないって事なのよ?」

「だ、だからどうって…」

「それが裕樹と別れる原因になったんだろうなって、勘ぐらないの?バカ」

「なっ…」

長谷川は鈍感だ。ド鈍感だ。
しかし、今の一言で、ようやく見えてきた気がした。

カラン、と氷が溶ける音と共に、謎は解けた。

「…まさか…事故を起こしたのは女か…?」

「……よくある話、よね」

「…って事は、裕樹が言ってた好きな女って…」

「そのまさかよね」

長谷川は今にも怒り狂いそうだった。
美加を苦しめたのは、裕樹じゃない。むしろ裕樹は彼女を救った。
命の恩人だと言っても過言ではない。

「裕樹は今、その女と婚約してるわ。来週当たり結婚するって」

「嘘だろ…」

「私でも、どうにもできないの。ごめんなさい」

その時の彼女の表情は、とても寂し気で。
僅かに涙を流していた。

黙って立ち上がり、お金だけおいていく。
これ以上泣いている姿を見せたくなかったのかもしれない。

長谷川も、そのまま黙って、動けなかった…。


続く。




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