Smile again 【第九話】
- カテゴリ:自作小説
- 2015/10/25 17:38:23
第九話 『記憶のカケラ』
「…で?アンタ結局何者なんだ」
長谷川は、彼女の零れたカケラを集めるために、美女を訪れた。
しかし、それは彼女の想定内。悪戯に微笑み、真っ赤な唇を指でなぞった。
ゾクリ、と背筋に何かが走る。長谷川は息をのんだ。
「ずいぶんなご挨拶だけれど、まあいいわ」
小さなカップをそっと持ち上げ、長い髪をゆっくりと靡かせる。
同時に香る香水の香りが、彼の鼻の奥までツン、と香って来た。
薔薇のキツイ香りだ。
「そうね、どこから話そうかなぁ~」
「そこまで時間はないんだ。早くしてくれないか?」
キツイ物言いに、ムゥッと頬を膨らませる。
眉間にシワを寄せたかと思えば、突然笑い始めた。
「貴方、すっごく彼に似てるのね」
「…彼?」
長谷川からすれば、何を意味しているのかさっぱりだった。
彼女の言う、〝彼〟の存在の影すら見えない。
完全に「?」を浮かべた彼を、また笑った。
「そうねぇ、事故の話は知ってるみたいだし、そこは飛ばしてもいけそうね」
独り言をポツポツ呟きながら、眉間に人差し指を立てる。
数秒、もしかすると一分ほど経ったかもしれない。
彼女は閃いたように話し始めた。
「彼女、彼氏がいるのよ」
「…は?」
唐突で、残酷すぎた。
会って数日しか経たないと言っても、彼の心には美加がいた。
辛そうな彼の顔を見て、ニヤリ、と笑みを浮かべる。悪女のようだった。
「でも安心してー?その彼、彼女を振ったから」
「どういう事だよ。今はいない、ってことか?」
「まあ、簡単に言えばそうなるね。ちょうど事故後に別れをね」
「最低な男だな。事故が原因で逃げたってことだろ?」
「さあ、どーでしょー。アナタ、最後まで話聞いてないのにここで決めていいのかな?」
グイッ、と寄せられた顔、唇にはまだ何か残っている。
すべて、吐かせたい。吐かせなくてはならない。
息をのんだ長谷川は、静かに首を振った。
「うん、じゃあおとなしく聞いてほしいな。」
ニコッ、と笑顔が戻る。
静かにコーヒーを片手に彼女は話し始めた。
「まあ、そんな大きな事故じゃなかったんだけど、衝突事故だから当然頭とか打っちゃうじゃない?で、まあ頭を打ったのが彼じゃなくて彼女。 当然、ショックも大きかったみたいで。
幸い記憶の全ては失わなかったけれど…まあ一部がね」
「一部って…」
「事故起こした時の記憶。」
「…!?」
「頭おかしいでしょ?そこだけ忘れちゃって…本当、バカみたい。
で、まあ彼は彼女のために別れたってわけよ」
「…意味わかんねえ。別れる必要性が感じられねえ」
「まあ、彼女振られた理由は好きな子ができたから、なのよね」
「クソッ、その男殴って…」
「その女が、どんな奴か。貴方は知らないでしょ」
「…は?」
「〝事故の記憶は無い〟 このこと、覚えときなさいね」
そう言い残して彼女は去った。