Nicotto Town


信じる事から、叶うか叶わないか決まる。


深海 【後編】

昔、こんな話を聞いたことがある。


海の深い場所、深海には人魚という人種が住んでいて、皆仲良く暮らしていると。
それはキラキラして、美しい世界で、皆笑顔で、幸せなんだと。
深海は、素晴らしい場所だと。

幼い私は首を振った。

「深海は、暗い。知ってるの、私」

母は、その答えに首を振った。

「素晴らしいのよ。」

それだけ言って部屋を去った。

幼い私は本が好きだった。
毎日、何十冊と読めた。同時に、知識が増えていった。
誰とも交流しなかったため、感情も生まれたときからどこか欠けていた。

両親の愛をありがたく思ったことなどない。どこか仮面を感じていたから──。
無理して、笑う母。愛そうと努力する父。
それは今の叔母さんたちと、似ているような気もした。

愛など、作り物だと思った。
どの本を読んでも、愛を詳しく語る者はいなかった。
それは、人間の幻なのだ、と説くものや素晴らしいと答える者。
色んな答えが散りばめられていたからだ。

結局愛など、本人が都合よく作り上げた幻想にしか過ぎない。
幼い私は、成長と共にそう解釈していった。

「私たちは君を愛しているよ」

そんな言葉いらない。嘘で塗り固められているから。
どうせ、あなたたちもその言葉に、うぬぼれているだけなんでしょう?
母や父だってそうだった。いい両親を演じて自惚れていた。
都合よく創造した愛など、私は必要ない。

でも、なぜだろう。
彼の言葉はいつも以上に私の頭の中でリピートされた。
胸に痛いほど突き刺さっている。こんなの初めてだった──。

「…はぁ、はぁ」

ここにいたら、ダメになってしまう。
本当に溺れてしまう。

部屋から飛び出し、慌てて玄関に走る。
ドアノブをひねると同時に、彼女たちがリビングから出てきた。

「どこへ行くの!?」
「お姉ちゃん…!」
「……紗枝」

私の名前を呼ばないで。
心配も、しないで。
壊れてしまいそうになる。

「……」

黙って家を出る。
外は豪雨だったけれど、気にせず外へ走り去った。
雨にぬれたい。このまま地面に溶かしてほしい。

私は、生きている資格なんてない。
感情を持つ資格などない。
愛される資格など、ない。

ロボットに生まれたかった。
人魚のような美しい生活はいらない。

愛などいらない。

「…っ、うっ、っ…あぁ…」

やめて、これ以上、涙を流したくない。
雨で消してほしい。かくして。

「あああああああああああぁぁ!!!」

本当は愛が欲しかった。
もっと笑って、泣いて、声をからして叫びたかった。
私は、普通の女の子になりたかった──。

今更、遅い。

「紗枝…!」
「お姉ちゃん…!」

肩越しに振り替えった先にいたのは、彼女たち。
叔母さんと旦那さん、それに、佐奈恵。
皆傘をさして、息を切らして私を見つめている。その目はうるんでいた。
雨がなければ、はっきりと泣いていたと言えたのかもしれない。

「…何しているんだお前は!」
「っ…」

頬に伝った痛み。しかし、同時に温かいものが流れ込んできた。
頬を叩いた旦那さんが、私を力強く抱き寄せる。
それに駆け寄り、手を握った叔母さん。
背中をさすってくれる佐奈恵。

「お前はロボットなんかじゃない…もっと私たちの前で泣いてくれ」
「隠れることなんてないの…!叔母さんがいるじゃない」
「…お姉ちゃん、寂しいよ。」

やめてそんな言葉いらない。
今ここで変われば私は、きっと過去を後悔してしまう。

「今更っ…遅いっ…」
「遅くなんかないさ!今からつくっていけばいい…」
「紗枝ちゃん…」

豪雨で気温はかなり低かった。
しかし、私の周りはすごく温かく、優しかった…。

その時初めて、愛という解釈を否定できた。
「愛とは、創造した紛い物」なんかじゃない。

愛とは、人間が創造できる素晴らしい宝だと……。


…それ以来、私は彼等と笑いあい、食卓を囲んだ。
もう深海に沈み、一人でなく夜はなくなった。
今では母の昔話も、素直に笑って聞けることだろう──。

そして、もう一つ変わったことがある。

「お父さん、お母さん…佐奈恵」
「…うん」
「いってきます」

まだ歩み始めたばかり。
私の人生はスタートしたばかり。
しかし、今ようやく素直に言えるよ。

「お母さん、お父さん…愛してくれてありがとう」




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