【小説】帰り道
- カテゴリ:自作小説
- 2015/06/01 13:49:08
夕暮れの淡い光が重い身体を薄紅色に染めている。
足を前に進める事だけに意識を集中し家にかえる道を一歩一歩と進んでいる。とにかく早く散らかった部屋に戻り、薄汚れたベッドに横になりたい。
本当は居酒屋にでも寄って、浴びるように酒でも飲もうかと思っていたが、全く酔えないか意識が無くなるぐらい泥酔するかの二択であろうことは容易に想像がつく。
つまり楽しい酒にならないのでやめた。
部屋でテレビを付けて寝ることにする。部屋を暗くしたらダメだ、余計な事をかんがえてしまうから。
とにかく家に帰ろう。部屋に戻ろう。ベッドにもぐろう。今はそれだけだ。
今日は朝から予感はしていたのだが、思った通りになったのは自分でもびっくりした。悪い予感だけは良く当たるものだ。
先日のこと絵里子から連絡があった。彼女からのメールは1か月ぶりだった。次の日曜日に会えないかという短い文章。
付き合って1年半、2か月ぶりに会うというのに気持ちの高揚はほとんどなかった。
いつもの待ち合わせに使っている喫茶店ではなく、繁華街のコーヒーチェーン店での待ち合わせだった。昔、絵里子の買い物に付き合った時に一度だけ使ったことのある店だ。
約束の時間を少し過ぎて店に入ったが、絵里子の姿は無かったので自分の分だけのコーヒーを注文してスマホを弄っていた。
しばらくすると絵里子が店内に入ってくるのが見えたので、軽く手を上げる。
寒さもだいぶ和らいだ気候に合せるかのように、春物のコートを身にまとった姿に見たことないパステルカラーの帽子をかぶる絵里子の姿が何か透けて見えるようだった。
「待たせてごめんなさい」
するりと向かい側にすわる彼女をみて、だいぶ印象が違うことに気が付いた。
「眼鏡をやめてコンタクトにしたのよ。あれ、言ってなかったっけ?」
聞いた記憶は全く無かったが、そうだったかなと曖昧な返事しか出来なかった。
久しぶりの恋人同士の時間のはずなのに沈黙という粘度の高い時間が自分の周りを覆うような感覚にタバコを吸う気持ちにもなれなかった。
お互いに黙って目の前の飲み物を無理やりに口に運ぶ作業を続け、絵里子のカップの紅茶が半分になったときに両手にもっていたカップをソーサーに置きながら彼女が言い出した。
「あのね・・・話があるんだけど」
内容は簡単なものであり、内容は私たちの関係を終わりにしましょうというものであった。
案の定というか、やっぱりというか。
その時に自分の口から出た言葉が、そうかと言ったのか、そうだねと言ったのかは覚えていない。嫌だとかダメだとか否定的な事は言わなかった気がする。
ただ、絵里子の姿が店に入ってきた時よりもさらに薄く見えたのだけが印象に残った。
残りの紅茶を残したまま店を出る絵里子の背中を見送ったがすぐさま動けなかった。
ふと外をみるとどこかに電話をしている彼女の姿が見えた。
先ほどはあんなに薄い存在に見えた彼女がやけに輪郭がはっきりと見える。
付き合い出した当時のような笑顔で電話をする絵里子を見て、彼女が遠くへ行った本当の理由がはっきりと解った気がした。
携帯電話を鞄にしまい人ごみの中へ消えた絵里子の残像だけをいつまでも眺めていた。
どちらが悪いとか何が原因かなどというのはどうでもよかった。
ただ、戻す事の出来ない大切なものを随分と前に無くしてしまったいたのに気づいたのが今だった、という事実をなぜか冷めた第三者的な気分で自分を分析していた。
残ったコーヒーを飲むとやけに冷めたく飲み物に変貌していたので店を出る事にした。見送る店員が妙な顔をしているので時計をみるとすでに4時間たっていた。そんなに長い時間もぼんやりしていたのなら店の人も不審に思うのも無理はない。
すみませんと軽く会釈をして店をでると、太陽はだいぶ傾いていた。
今更、どこかに行く気分にはなれず帰路につくことにした。
帰り道の途中に田舎電車の古い踏切がある。
カンカンと乾いた音が鳴り出した。走れば渡れるタイミングであったが鉛のように体が重かったのでやめた。
電車が横切る風を受けた後、遮断機がガーッと音をたててあがり、待っていた人や車が一斉にうごきだす。
この音は何だろうと思うと、遮断機のちょうつがいの所が擦れた時にでる音のようだった。
その昔、幼児の頃に祖母に買ってもらった怪獣のおもちゃがある。電池を入れると背中が光り、ときおりガーッと安っぽい雄叫びをあげるおもちゃであった。
雄叫びと踏切が上がる音が似ている。だから思い出したようだ。
怪獣は自分が捨てたのか母が捨てたのか覚えていないが、いつのまにか手元から無くなったおもちゃであり、だからと言ってそこまで大事にしていたおもちゃでもなく、そんなものを持っていたなぁと小学生の高学年の時に思いだしたことがある。
その小学生のときに思い出したなあという思い出だけが妙に記憶に残っていて、その怪獣のおもちゃよりも大事にしていた玩具は記憶からすっかり消えているのに怪獣の安っぽい雄叫びの音だけが耳に残っている。
人の記憶とは不思議なものだ。そんな事を思いながら踏切を渡った。
いずれ絵里子の記憶も子供の頃の玩具のように消えてしまうのだろうか。
それとも、怪獣の安い雄叫びのように何かの拍子に思い出す消えない記憶のカケラになるのだろうか。
自分の足元に伸びる長い影を踏みしめながらガーッと誰にも聞こえないように小さくつぶやいた。
お元気そうで何より(^_^)
ラストの一文に味がある作品ですね~
こういうのを読むと、なにか書きたくなりますなぁ
光景が浮かんだわぁ~
最近は 恋愛の始まりも終わりもメールでって多いらしいけど
ちゃんと会って終わりを告げるってのが やっぱ基本だよね
って言ってる地点で 昭和だ!って言われそうだけどww
すんげぇ~~~~久々に小説なんぞ書いてみました。
しかし、暗い話だw
とりあえず、生きてますよ?w