カンボジアの虐殺の事で思い出す事。
- カテゴリ:30代以上
- 2014/11/04 19:36:23
カンボジアの虐殺で思い出す事。
詳しい年代は覚えていない。
70年代後半だったのか、80年代なのかは昔の事で忘れた。
当時私は好んでアジアンティスとの服装をしていた。
すっぴんで髪を後ろに一つであんでいたかもしれない。
北大の近くの生協で日々の買い物をしていた。
知人たちも其の近くに住んで居たので小さい子供を用事があるときに
預けあえるので便利だったのだ。
其の北大の近くの生協で一人の背の高い明らかに東南アジア系の男の人に
訳の解らない言葉で話かけられた。
同じ東南アジアから来た留学生だと間違われたのだ。
手を降って日本人だと言った。
其の後に何度か顔を合わせた。
軽く会釈をするだけだったと思う。
或いは何か話をしたのかも知れない。
北大の留学生だとしっていたし、カンボジアからの留学生だとしっていたので
何度か、その程度の話はしたのだろう。
ある日、私は彼に呼び止められた。
友人がカンボジアに帰ってから連絡が取れない。
誰とも連絡が取れない。誰に相談したら良いだろうと言う事だった。
私は彼の思いつめた青ざめた、そして恐怖を感じている雰囲気は感じたが
「さあ~・・・・。」と言って首をかしげた。
朝日新聞ではカンボジアの虐殺は無いと書いて居る。
私が知人にカンボジアの事を聞くと人つてに
カンボジアの虐殺はアメリカの嘘だと言っている人がいた。
何が本当なのかは解らない。誰を信用して誰を紹介して良いのかも解らない。
彼も誰を信用して誰に聞いたら良いのか解らないので
日本人の私に聞いて来たのだろう。
私達はしばらく見つめあった。
少し苦悩の表現を残してキビツを返すようにさって行った。
其れが私が彼を見た最後で在った。
彼のカンボジアの友人はポルポト派の誘いに乗って
国の再建をすると言う事を信じて帰ったのだろう。
だが、其処に待っていたのは死だった。
何度も彼にその後の状況の手紙を出しても返事は来なかったのだろう。
家族に出しても返事は来ない。
そしてカンボジアの大虐殺の噂と朝日新聞のカンボジアの大虐殺は嘘だと
言う記事。
そして日本で流されるカンボジアの大虐殺はアメリカの作った嘘だと言う噂。
彼も誰を信じたら良いのか、どこに行けば正しい情報が得られるのか
そして日本人の私に聞いたのだろう。
しかし日本人も糞左翼と朝日新聞に騙されているのである。
日本人の所謂「人権派」と言われる人達は「反日売国奴で、大嘘つきで、糞左翼」だった。
あの時、NHKはどんな放送を日本で流したのか!
カンボジアの大虐殺をカンボジアに行きながら、其れを知っているのに
どんな放送を日本で流したのか!
NHKは未だに其れを日本国民にも世界にも過ちを認めて無い。
彼が其の後どうなったのかは解らない。
カンボジアの大虐殺の報道で許されないのは「朝日新聞」だけではない。
そして今もマスコミは其の時と何ら変わってはいない。
所で気になったのですが、貴方は「戦争を否定すること」=「正しい」とでも思っているのですか?
あなたが小学生なのか、中学生なのかは解りません。
ですが、其れは間違いですよ。
「平和」=「「戦争の無い世界」ではありません。
そして情報が常に私たちに与えられてないのは今も同じです。
スピーディの情報はどうして伝えられなかったのですか?
日本人の命に関わる事だったのですよ。
あの時代も同じです。カンボジアの虐殺の情報は日本に伝わらなかったのです。
現地に行ったと言う朝日新聞の記事は報道されました。
ポルポト派の虐殺は無かったとして。
そしてNHKの現地の映像です。誰もいないプノンペンの映像だけで虐殺の報道はありませんでした。
日本の高濃度汚染地区の情報すら知らされずに其処に住み続けた人がいる現実。
其の高濃度汚染地区で保育園では砂場で遊び、小学生たちは校庭で遊んでいた。
其の現実。
マスコミが報道しないと言う事はそう言うことなのです。
だからこそ、私達は朝日新聞を批判して行かなければならないのです。
その上に嘘の報道をしたのですから。
あの時の事を今更ながら、あの時がそうだったのかと思います。
なんとも言い返しのようがありません。
何を言っても言い訳にしか取られないでしょう。
現実に「カンボジアの虐殺の噂」はありました。
本当に噂なのです。なぜなら、NHKは其のカンボジアにまさに其の噂を確かめるようにカンボジアで
映像を取って来て日本で流したのです。
だけど虐殺の虐も殺も何も伝えませんでした。
朝日新聞は虐殺は無いと報道しました。
あれはアメリカが流しているプロパガンダだと言う人達も大勢いたのです。
真実を確かめようがなかったのです。
だからこそ、顔見知りの日本人の名前もお互いに解らない私に彼は聞いて、
私も解らないのですから、どうしようもありません。
正直ふと、アメリカ大使館の事が頭に浮かびました。
だけど、其処への生き方を教えても彼は行ったでしょうか?
行ったとしたら彼のその後の人生はどうなったでしょうか?
私もこんな身近な海外の事も解らなかったと言う悔しさはあります。
貴方に何と言われようと噂でしか、あの時は伝わって来なかったのです。
そして、確かめようとすると有無も言わせず、きっぱりと否定する人たちが多かったのです。
私はあの時何も彼にできなかった自分を許していません。
だから、今があるのです。
朝日新聞は批判をします。私を騙したの材料のひとつですから。
それとNHKも批判をします。何故真実を報道しなかったのか。
NHKは未だに其の疑問に答えてません。
☆私は戦争反対ではありません。
必要なら戦争の為に立ち上がる勇気をもつ事だと思います。
戦争反対など、糞です!
何も守ろうとしない人を信用できません。
愛も感じません。人間であると言う事も言えません。
守るために戦わなければならない時があるのだという事も解らない人に
愛されていると思い込んでいる人に同情をします。
私は自分の子供を殺されるのを黙って見てられる自信がありません。
戦って守れるのなら、戦います。
誰かが戦って守ってくれるのなら、其の人が戦う事に手を貸します。
其れが「戦争」と言う名がつくのなら「戦争」をして貰います。
今頃に、カンボジアとポルポト派の話を噂という表現で話すのはナンセンスです。
朝日新聞批判の前に、噂と書いた事を恥じる感覚を持つことが本当の勇気だと思います。
ブログのネタでは済みません。
日本人特有の海の外の話と言う感覚が丸分かりになってしまいます。
悲しいですね。
戦争反対の本当の心は
社会全体が好戦的になった時、ポルポト派のような行いが許されてしまう事とどう戦うかを
声を上げた立ち上がれるかだと感じます。とても難しいです。