離した手 【後編】
- カテゴリ:自作小説
- 2014/07/31 18:29:43
近くの喫茶店で向かい合わせに並んで座る。
こんなの何年振りだろうか、と昔の記憶を蘇らせる。
彼女は何も変わっていなくて昔のまま僕の前に座ってくれている。
辛い想いをさせたのに……今でも僕の誘いを応じて隣に居てくれているんだ。
それでもやっぱり厚い壁を感じてしまう。彼女もきっとそう感じているだろう。
まだ好きなのに…愛しているのに壁を作ってしまう理由は……ただ恐れているからだ。
彼女は今でも僕を愛してくれるのだろうか?そう怖がっているからだ。
僕は恐る恐る顔を上げて、口火を切った。
「…最近、どう?」
「え?」
彼女の目は丸くなり、僕をやっと見つめてくれた。
彼女の瞳は昔と何も変わらない、綺麗で純粋な目の色をしていた。
僕を虜にし、吸い込むようなあの瞳……なんだか懐かしくなり、そして切なくなった。
つまらない世間話を投げかけても彼女は微笑んで答えてくれる。
「元気だよ」と。……そんな無理している笑顔を見てまた切なくなった──。
彼女はどんなに辛くても、悲しくても笑ってくれる子だった。
僕のために強くあろうとしてくれた。僕のために「泣かない」と強がっていた。
いつだって「悠君は私が守るからねっ!」と笑って手を握ってくれていた………。
なんだかそんな事まで思い出して、僕はまた切ない波に呑まれた。
「悠君はどう?」
「え?お、俺…?」
「うん。悠君は最近上手くいってる?」
その問いかけに、答えを濁してしまう。口を噤んで「うぅん」と呟く。
そんな僕を見て彼女は眉を歪める。
「上手く…、いってないの?」
「いや、そういうワケじゃないんだけど……」
“そういうワケじゃなくて、今僕はキミの事がいっぱいで苦しい。”
そんな事、今更言ったらきっと彼女は怒るだろう。
「何で今更?」、「あの時に言ってくれればよかったじゃない」と。
留めにこう言われてしまうだろう。「…もう遅いよ」と。
それが怖くてこれ以上は言えなかった。
「そんな事より、麻友はどうだ?ホラ、彼氏とかさ……」
「か、彼氏ぃ?…いきなりそんな質問しないでよ。一応付き合ってたんだから私達」
「あ、あぁ…悪い。」
彼女の言葉に胸が突き刺さる。
──そうだよな、“一応”付き合ってたんだもんな、俺達。
つい心で呟いてしまう。頭の中でその言葉がリピートされて胸が苦しい。
彼女の笑顔と楽しい記憶と同時に繰り返されるから余計胸が痛いんだ。
僕は慌てて話題を変える事にした。
「まっ、元気でやってるんだろ?だったらそれでイイよ。
そんな事よりさっ……、し、仕事はどうなんだ?前やってたカフェとか」
この質問にも彼女は顔を顰めた。
どうしたのだろうか。あんなに仕事が好きだったのに……。
毎日「楽しい!」と言って帰ってきては仕事の出来事など話してくれていたのに。
「……私ね、カフェやめちゃったんだ」
「や、辞めた?なんでまた。」
「親がね、婚約しろってうるさくって。お見合いさせられたんだ……」
「お、お見合い?」
体が凍りつく。そんな馬鹿な!と叫んでやりたかった。
だって彼女とようやく再会できたのに次は「お見合い」の話を聞くことになるなんて。
しかもそのために大好きだったカフェまで辞めたなんて。……そんなの聞きたくなかった。
彼女の夢を奪われた話だなんて……本当は聞きたくなかったんだ。
でも知ってしまった以上、黙ってはいられなかった。
なんとかしてやりたい、だって最愛の人だから。
僕はテーブルを叩き、彼女に言った。
「お見合いなんてすんなよ!そんなヤツのために夢を捨てちゃダメだ!」
「…でも、親がうるさいの。私逆らうなんてできないしね」
「俺が何とかする!麻友の彼氏だっつってソイツの所に乗り込む!」
とんでもない提案だが、俺は本気だった。
でもさすがに彼女が受け入れることはできなかった。
静かに首を振り、彼女は小さな唇を震わせながら言った……。
「最後に会えて良かったよ。私、今でも悠君が好きだから」
「……え?」
耳を疑う台詞。でもこれを聞いてない振りをしなくてはいけなかった。
「元気でね。違う女の人と幸せになって」
そう涙して彼女は喫茶店から駆けて去ってしまった。
忘れていったハンカチは僕への当て付けか、それともワザとなのだろうか…。
それはきっと永遠に分からないのだろう。
それから彼女に連絡しても繋がらない。きっと機種変更したのだろう。
数ヶ月経った頃、ポストの中には彼女の両親から結婚式の招待状が来ていた。
これこそあてつけなのだろう。僕は燃やして捨てた。
でも…ここに行けば彼女に会える。
奪えるチャンスがまだあるのだろうか……。
考えるだけ無駄、そんな風に僕は無力になっていった。
それでも離した手を見て想ってしまうんだ。
今でもキミが好きだ、と。
END