父の日記帳 ⑤
- カテゴリ:30代以上
- 2014/07/05 04:27:52
父は2月24日に退院して,家に帰って来ました。
また,私との二人暮らしが始まりました。
それは,私にとって,実は負担が減ることでした。
父が入院していた時期は,
仕事は,通常業務に加え,所管官庁の業務監査を控え,その準備のため,
担当者は全員連日残業,休日も出勤という状況で,
夜間大学の方も学年末の試験があって,
それなのに父は私に,休日だけじゃなく平日も毎日病院に来いと言うし,
洗濯物もどんどん溜まっていくし,
体がいくつあっても足りない感じでした。
それが,業務監査も学年末の試験も終わり,
おまけに病院に行かなくても父が家に居るんですから,
時間的にはとても楽になる…はずでした。
ところが,父は,夜,全然寝ませんでした。
元々夜型の人で,「この人は一体いつ寝るんだろう?」 と思っていましたが,
3か月の入院生活で夜は寝る生活が身に着いただろうと思いきや,
全然そんなことは無く,むしろ,夜の間は完全に起きているようになりました。
そして,30分おきぐらいに私を起こして,
トイレに連れて行ってくれとか,
あそこに座らせてくれとか,
あの本を取ってくれとか,何かしら用事を言い付けました。
こっちが先に死んじゃいそうだわ。
それなのに,たまに兄が彼女を連れて家に来ると,
「今日はたかたかと彼女が来た❤」 ってすっげえ嬉しそうに話すし。
それでも,父は,私と暮らした6月までの4か月間,
私に感謝していたはずです。
いよいよもう駄目だという頃,私を呼び,隣に座ってくれと言いました。
「なんじゃ?」 と思いながら,父と並んで布団の上に座ると,
父は私に寄り掛かり,「俺は幸せだ~」 と言いました。
ますます 「なんじゃ?」 と思いながらも私が黙っていると,父は,
「母さんは病院で死んじゃったけど,父さんは,家でこうして,
ふみふみに世話してもらいながら死ねるんだから,幸せだ~」 と言いました。
私はガバッと立ち上がって,父を見下ろして,怒鳴りつけました。
まあ,あまり正確に再現するのも こっ恥ずかしいですが,
お父さんは死なない,治るよ,
それなのに,本人がそんな弱気なことを言ったら,
治そうと思って看病している僕はどうなるんだ,みたいなことです。
大声で怒鳴りながら,自分で,
中学校では演劇部だったのに,演技が下手くそだなあと思いました。
癌は,これだから嫌なんだ。
最初のうちは,「悪い病気じゃないよ。治るよ」 という嘘が本当っぽいし,
本人も 「元気になったら◯◯がしたいな」 なんてことを本気っぽく言えるけど,
死ぬまでが長いから,もう,最後はお互いに嘘を使い果たしてしまって,
どんな演技も空しいだけになってしまう。
言っていることが全部嘘過ぎて,
父も もう,ただただニコニコと笑っているしかなくて,
それがますます腹立たしい。
こんなあり得ない嘘を,こんな下手くそな演技を,
俺が言わなきゃなんないのは,お前が変なことを言うからだろうが!
あの日のことを,父は日記にどう書いているのだろう?
入院中は淡々と検温とかの記録を書いていたけど,
退院してからは,毎晩毎晩,せっせと何か書き続けていたから,
退院後のページには,かなり,たくさんのことが書いてあるだろう。
そう思ったのに,2月24日の退院の翌日,2月25日以降が,
何も書かれていない!
ページはたっぷりあるのに,何も書いていない!
なしてーーーーー?!
よく見ると,2月24日のページの最後に,
「以下記載 家計簿へ」。
家計簿?
家計簿!
家計簿ーーーーっ!!!
母が病気になってから,ずっと私は家計簿を付けさせられていましたが,
就職して自分のお金で買い物をするようになってから,
家計簿は付けなくなっていました。
父は,その家計簿を,日記帳に使い始めていたんです。
家計簿…。
それは,引越しの時,他の雑誌なんかと一緒に紐で縛って捨てちゃったよう。
ああ,家計簿か。家計簿だったのか。
それは,捨てちゃいけなかったんだ。
父が他界して,この家を引っ越すまでの1か月の間に,
兄か私がこの日記帳を読んでいたら,家計簿を捨てなかったのになあ。
(最終回じゃないぞよ。もちっとだけ続くんじゃ。by亀仙人)