飢飼い。【1】
- カテゴリ:自作小説
- 2014/07/05 02:24:18
「何もかも好き、そう、何もかもね」
*
怠惰だ。
ただただ、怠惰な毎日だ。
こんなにも代わり映えしないなんて思いもしなかった。
けれどその毎日は、つい笑いがこぼれるほどに面白く、楽しい。
「楽しいね、死ぬほど」
シャーペンの芯が折れるように簡単に死んで、大人になる前に人生を綴じたい。
大人になんかなりたくない。18歳なんて何もかも半端に自由な子供で居るなら、何もかも制限された12歳くらいの糞餓鬼に戻ったほうがマシだ。
好きなだけ甘えても自立しろなんて言われないし、バイトしろなんて言われない。
金、金、金が欲しい。
それさえあれば、幸せになれる。
ああ、何もかも買い取られていっそ誰かの玩具になったら楽そうだな。
言われたことには逆らわないから、縋れるだけ縋れる相手が欲しいし、死ぬまで養って欲しい。死んだら適当に捨ててくれて構わないから、独りにしないでよ、お願いだから。
「死んじゃいたい」
死ぬための勇気なんて、そのときを前にしなきゃ実感出来そうに無い。
ビルの天辺から飛び降りるのだって、駅のホームから落ちるのだって、「今日は出来ちゃたんだな」としか思えなくて、考えるだけ無駄かもな、自分にとっては。
――大学生にもなって、そんなこともわからないのか。
なんて、ご高説垂れる見ず知らずの友達気取りの他人。
じゃあ、あんたには解るの?
死んだこともないクセに?
「鬱陶しい」
……本当に。
嗚呼、何もかも。
毎日一緒に居る友達にも、やっぱりどこか壁がある。
それ以上近寄っちゃダメだとか、触っちゃダメだとか。
愛してよ。好きって言って、なんかそう言う感情が欲しい。
重いくらいで丁度いいな、私も依存したいから。
誰か、適当に愛してよ。
*
「あれ、戻ってきてたの?」
都会に行っているはずだった高校の友人は、夏休みに戻って来ていたらしい。
相変わらず変わってないな、と思う。
綺麗な黒髪のセミロングで、クセのないストレートヘア。私の好きなゴスロリとは違う、ちょっとファンシーで〝今時の子〟みたいな格好をしてる幼顔。
身長は1ミリくらい大きい。似たような背格好なのに、胸は大きい。
私は絶壁だからな、と思うと胸に目がいってる。谷間が服の隙間から見えるんだもん。
それで、知らないうちに一個年上になって、私ももうすぐ追いつく。
気づいたら19で、瞬いたら二十歳かもね。
もう、うんざりだ。
「うん。ねえ、今日暇?」
明るくてよく通る、女の子らしい高い声。
一緒に居て話が絶えなくて、甘え上手な狡い子。
普通に好きだった。まあ友達として。
「……暇、だけど」
本当は習い事のピアノが入っていたけれど、休むと言えば良い話だ。
ほんの少し溜めてから、目を合わせずに言う。
彼女は嬉しそうに微笑んで、暑いのも気にせず近づいて腕を組んでくる。
多少強引だから、優柔不断な私にとって頼れる子、好きな子、憧れの子。
「それじゃあ家来て、お金は出すから」
けれども面食らった。
親の許可も取っていないのに、無理だと言う隙も無く、都合よく現れたバスに連れ込まれた。
話をした。
他愛もない、アニメや漫画のこと。離れていた間それぞれの生活のこと。
彼女が肩に寄りかかってくる。頭を撫でる。
リンスの良い匂いは、私の好きな品種だった。少し強すぎる匂いが鼻の奥まで毒して、思考をぼんやり滲ませていくようだった。
「……、」
駅に着いて、定期をバスの運転手に見せて降りる私に続いて両替をする彼女の憂う横顔が綺麗だった。
「…………ねえ、本当に良いの?」
電車が来るまで時間がある。ホームは夏なのに涼しかった。
「良いよ、お金はあるから」
特急電車が通り過ぎて、目と鼻の先で強い風を巻き上げる。原始的な恐怖を覚え、背後の壁にピッタリと身を寄せた。
高速で走り抜ける電車の窓に二人が映って、同じことをしていた。
「……先生に電話して、家族に、メールしないと」
やっと着いた電車に揺られて、私はケータイを握り締める。
けれど彼女はやたらと嬉しそうに微笑んで、
「良いの」
私のケータイを奪った。
どうしてか、聞き返す勇気が出なかった。
最初から、ずっとだ。
暇かと聞かれた時も、家に来てと言われた時も、怖くて聞き返せなかった。
何か隠しているのが解って、それが大事なことだと解っていたから。
なんとなく、雰囲気が違ったから。
それきり彼女は、私にケータイを返してくれなかった。
「……一人暮らし、か」
都会の雑踏を、彼女に導かれながら抜けた先にあるマンションの一室の前に、私はふと漏らす。
自宅通いからすると、妙に憧れる。大変だと言うけれど、楽しそうに見えるし。
「入って」
鍵を開け、彼女が先に入っていく。ハッとしてドアを潜れば、ちょっと高そうな、お洒落なマンションの光景がある。
羨ましいなぁ、と思った。
「お邪魔します」
先にリビングのほうへ行ってしまった彼女を追いかけるように、パールとリボンで飾られた、くすんだ緑色のゴシック調のパンプスを脱ぎ、おずおずと足を踏み入れる。
真新しい感じのフローリングはツヤツヤで、ニーハイを履いた足が滑りそうだ。
「おかえり」
ダイニングキッチンになった玄関の右手の部屋に顔をのぞかせると、彼女は待ってましたと言わんばかりに私に笑いかける。
「え、と」
「これからは〝ただいま〟って言ってね。……まあ、出してあげないけど」
「……え?……ッ、」
私が曖昧な笑みと共に言葉の真意を測りきれずに居ると、彼女は駆け寄り、腰に手を回した。間近に迫った彼女の顔、ミントのガムから発せられる吐息が頬に掛かる。
「……迎えに来たよ、準備出来たから」
浮き足立ったような、興奮した感情を押さえ付ける落ち着いた声。
「〝好き〟、逢った時からずっと。ずっとずっと好きだった、今も好き」
甘い台詞に鳥肌が立った。
何を言っているんだ、と疑うよりも先に、これは夢じゃないのか、と確かに喜んでいる自分が居たのだ。
彼女が好きだったから。
残念だな、気づかなければ良かったのに。
密着した部分から熱が伝わり、彼女が酷く興奮しているのが声音だけではなく嫌でもわかる。
おもむろに顔は近付けられた。
私は動かなかった。
後頭部を押さえるように添えられた彼女の手は熱く、指先は髪を絡めるように蠢いた。
触れた柔らかな唇の感触で、これがキスなんだなと恋愛経験など無い私はどこか遠くで感じている。
呆然と半開きになった歯の隙間に差し入れられた舌に口の中を犯されて、悪夢の始まりをなんとなく、予感していた。
*****
勢いだけでズルズルぐしゃぐしゃメンヘラレズ。
まあ、書きたいだけ書いて続くだけ続けます。
完全に趣味、気分を悪くした方は申し訳ございません。