女帝レティーシアの家出
- カテゴリ:自作小説
- 2014/07/01 23:20:16
女帝レティーシアは、初めて王宮殿の外へ出た。警備の兵士はなお、自分の後をついて来ている。
だが、自分が止まれば向こうも止まる。
おそらく弟の配慮だろう。
満月の空の下、ワタシは靴もはかずに何をしているのだろう。
レティーシアは空に手を伸ばし、「いつもワタシの歩く道を照らしてくれてありがとうございます」
満月に感謝した。
サリエル<神の命令>が、ワタシにも聞こえるかしら。
じいやは何を言っていたかしら。
満月を見つめながらレティーシアは幼き日の執事アルバンデス・ハイムを思い起こす。
アルバンデスは髭を少し触ってから「お嬢様、サリエルを聞くには難しく考える事はありません」と、断言する。
「そうは言ってもじいや。仮にも神の命令でしょ。難しくも考えるわよ」
「いいえ。名前こそ<神の命令>ですが、決してその声は命令などしません。もしももしもサリエルが聴こえるなら・・・それはとてもやさしい声で、音で」
「聴こえてくるっていいたいんでしょ。何度も聞かされたわ」
「そうです。なかなかよく覚えているじゃないですか。お嬢様、サリエルに会いたくば、月を眺めなさい。満月であればなおよしです」
「ちょっと待ってじいや。サリエルは<神の命令>という声じゃないの?人なの?」
「いいえ、お嬢様。声でございます。しかし、お嬢様。時としてサリエルは匂いであったり、目で見える大天使であったり、夜の女神であったり、食物を食べた後に感じる味であったり」
「ちょっと待って、じいや。そのまま行くと五感全部を言うつもりでしょ」
「ええ、サリエルは必ずお嬢様の五感に明確なサインを残してくれます。わたくしは声として出会いました。サインを残す天使、雪の天使としてお嬢様の前にも現れます」
「サリエルは神のサインを教えてくれる天使なの?」
「いいえ。天使というわけではございません。そのように語られているだけでございます。サリエルの姿はその人、その人によって違うのでございます」
「よく分からなくなってきたわ。やっぱり人なの?」
「いいえ、声です。しるしです。そしてサリエルの知らせは人生を劇的に変化させるのです」
「出会ってみたいわ。その知らせに」
「サリエルに出会うにはお嬢様、難しく考えてはいけません。ありがとう、あいしています、ごめんなさい、ゆるしてください。今、五感で感じている世界の責任をとります。大いなる力にゆだねます。すべてを・・・と、唱えるのです」
「そんないっぺんに覚えられないわ」
「大丈夫です。じいやはこれから毎日教えてさしあげます」
「じゃあ、安心ね」
「ええ、そうですとも。お嬢様、唱える時はマッチを擦ってロウソクに火を灯すように自然に、自然に、リラックスして言うのですぞ」
「それも何回も聞いているわよ」
執事アルバンデスは高らかに笑った。
ワタシは「ありがとう、じいや」と、思い出にふたをした。
ワタシは失恋した。他国の王に真実の光を当てた時、ワタシの権力と国を欲していた事実に嘆き悲しんだ。
ワタシは王の中の王。
周辺国家の中では帝国を名乗る大国家の王である。
その地位を利用して、その国と王を滅ぼすことはたやすい。
しかし、ワタシはそれをしなかった。
ワタシは置手紙を残して王宮殿を飛び出してきたのだ。
何よりもサリエルを聴きにきたのだ。
満月の空の下、ワタシはマッチを擦ってロウソクの火を灯すようにつぶやいた。
「ありがとう、あいしています、ごめんなさい、ゆるしてください。今、五感で感じている世界の責任をとります。大いなる力にゆだねます。すべてを」
何も起きなかった。沈黙が続く。
じいやはワタシに嘘を教えたのだろうか。
ワタシが帰ろうとすると、後ろにいるはずの警備の兵士たちは見えず、代わりに黒き狼が見えた。
赤い目をしている。
ワタシよりもはるかに大きい。
いや、王宮殿さえも飲み込むほどに大きい
不思議な話だが・・・ワタシはその狼に慈しみを感じていた。
「いとしい、いとしい、もう一人のワタシなのか」
狼は答えた。ただ首を縦にふって。
「そなたの名前は絶望。いや、神話に出てくる氷の魔王フェンリルと名付けようか」
また首を縦にふる。
「今度はそなたの友も連れてくるのだ。きっとだぞ。約束だ」
ワタシはそこで意識を失った。
気が付くと、自分の寝室にいた。
警備兵たちによって運ばれたようだ。
メイドたちがベッドの横にずらりと並んでいる。いつもの風景だ。
メイドの一人が前に進み、一礼してから「弟様が部屋の外で待っておられます」
「そう、アルスが。待っているか」
ワタシはベッドから立ち上がり、両手の肩のところまで上げて、メイドたちがドレスを着せてくれるのを待った。
赤いイブニングドレスを着たワタシは茶色のドアを開けてもらい、部屋の外で待っている弟に出会った。
弟は一礼してから話し出した。
「姉さん、ボクには姉さんの代わりなんてしたくない。ボクの主君は姉さんだ。姉さんでなければダメなんだ。それに他の重臣たちも姉さんの復帰を願っている。ここに署名と手紙を集めた。読んでくれないか、姉さん」
「アルス・・・ありがとう。もういいわ。もう一人のワタシに会ってきたの。フェンリルに。サリエルを聴いたのよ」
「姉さん?」
「アルス、これからもサポートを頼むわ。いいえ、影ながら応援してくれるあなたがいてくれてこそよ」
「姉さん、恥ずかしいよ」
「ワタシも恥ずかしいわ」
「姉さん!」と、弟は姉に抱き着いてきた。
女帝レティーシアは弟を抱き止めて、背中をさする。
レティーシアの目線の先には黒き狼がいた。
フェンリル、ありがとう。
あなたはワタシ。ワタシはあなた。
さすれば道は開かれん。
完
かつての恋人の国を滅ぼすことでしょうか。
絶望、という言葉にはそれが一番しっくり合うような気がします。
それとも、「ありがとう、あいしています…」と唱えたように、相手を許すことを決めたのでしょうか。
絶望、は、相手が自分を受け入れないことへの絶望なのかもしれません。
この質問の答えは「レティーシア吼える」(仮)でお答えしたいと思います。
感謝いたします。
あい
楽しみに待っていました。
リルルさんの手にかかると、こんなに神秘的で面白いお話になるのですね。
悩みや苦悩を抱えたレティーシアは、サリエルを聴きに、満月の下に出てきて、
そこで「絶望」を体現した、自分自身の姿を見つけ、王宮に戻ることを決めました。
レティーシアは心を決めたようですが、それはひそかに自国を狙おうとしていた
かつての恋人の国を滅ぼすことでしょうか。
絶望、という言葉にはそれが一番しっくり合うような気がします。
それとも、「ありがとう、あいしています…」と唱えたように、相手を許すことを決めたのでしょうか。
絶望、は、相手が自分を受け入れないことへの絶望なのかもしれません。
「素敵」という言葉で片付けて良いかどうか迷いますが、
素敵なお話をありがとうございました。