離した手 【前編】
- カテゴリ:自作小説
- 2014/05/14 21:20:03
離した手にそっと視点を下ろしてみる。
その手は、あの頃君と握り合った手と全く同じだった。
何も変わりのない、あの頃君を包み込んだ手のままだ──。
変わったのは殺風景になった部屋と、僕の埋まっていた穴がポッカリ開いたことだ。
◆ ◆ ◆
あの頃、君はずっと僕の横で笑ってくれていたよね。
ピンク色のお気に入りのワンピースを羽ばたかせて、僕に歩み寄る君の笑顔。
それを優しくこの手で撫でて微笑んだのが頭から離れない。
崩れるようにへにゃっと柔らかく笑む君の嬉しそうな顔も何もかも忘れられない・・・。
どうしてあの時、手放してしまったんだろう。今更ながらそう思うんだ。
誰もいない、鳴るのはテレビの音と会社からの電話だけ。
休日は何の予定も入れることなく、こうやって君と居た頃の気持ちを振り返るだけ。
どうして、あの時思い出さなかったんだろう。この君への気持ちを。
「ねえっ、悠君!」
そう呼んで駆け寄ってくれる君はもう居ない。
小さな手で僕の手を精一杯握って、赤らむ君はもう居ない。
僕の隣でそっと微笑みながら幸せそうに眠る君はもう居ない・・・。
今頃になってそれを実感させられる日々が続く。
「この服どう?可愛くない?」
照れ臭そうに試着してポーズを決めながら尋ねる彼女。
僕は適当に「そうだね」と答えていた。
そんな対応にすねて膨れっ面をしていた彼女が今では可愛く思える。
どうしてあの時、そんなつまらないことで距離ができてしまったんだろう・・・。
素直に「可愛い」と言っておけばよかった話だった。
「私、一番笑った悠君が好きだな。」
そう笑む彼女を見て抱き締めたあの夜。
僕は何を思っていたんだろう?
あの気持ちが永遠に続いていればこんな事にはなっていなかった。
今ならハッキリ言える。愛している、と。
だからなんだ。
僕が今そういいきれるからと言って彼女はもう居ない。
離した手を見つめてただただ後悔するばかり。
離した手から思い出が溢れてくる。僕はそれを見つめてただ唇をかみ締める。
「どうして・・・」そう説いても誰も答えてくれない。
「悠君のせいだよ?」そう言ってくれる彼女はもういない・・・。
大事に想っていたはずなのに、どうして僕は──。
◆ ◆ ◆
あの頃、どうして意地を張って離れてしまったんだろう。
本当は今でも大好きで、彼の笑顔ばかり頭に浮かんで消えないのに。
何もないカラッポの手を見つめて浮かぶのは彼の笑顔だけなのに。
どうして、あの頃意地を張って彼から逃げてしまったんだろう。
こうなることは、分かっていたはずなのに。
「お前は優しいな。」
そう微笑んで頭を撫でてくれる彼はもう居ない。
歩み寄ってくれる彼は居ない。手を繋いで眠ってくれる彼はもう居ない。
会いたい・・・。そう叫んでも届かないほど私は逃げてしまった。
どうして離れてしまったんだろう?後悔しても遅いことなのに。
彼に会うとき、初めて褒めてくれたピンク色のワンピース。今でも大事にしている。
でも、もう彼に会うこともなくなったから着ることはなくなった。
それでも残している理由は・・・
愛してる。
今頃、素直に出ても意味がない。
あの頃は若かった。
そんな言い訳通用しない。愛が減ってただけ。
でも、こうやって離れて段々愛が戻って増していって・・・。
そして、今悔いてるだけ。
ただ・・・それだけ。
「・・・悠君」
もう私にこんな呼び方する四角なんてないのだろう。
それでも呼ぶ理由は・・・もう分かってる。
こんな生活、いつまで続くのだろうか。
◆ ◆ ◆
今更・・・
今更・・・
「・・・悠君?」
「・・・麻友?」
街で彼女に出会った。
彼女は何も変わらず、ただ目を丸くしてたっていた。
街で彼に出会った。
彼は何も変わらず、唖然と立ち尽くしていた。
「元気・・・?」
「・・・うん。悠君は?」
それでも、僕らはどこかぎこちなくて・・・
二人の関係が全く変わってないわけではなかった。
でも・・・
「お茶でも・・・」
「・・・うん、しよか。」
お互いの気持ちはもう一度、繋がりつつあった。
続く
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