「契約の龍」(103)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/08/25 18:48:34
「まあまあの及第点、かな」
踊り終わったところでクリスがこう採点する。
「あとは、足元をあまり気にしないこと。ちゃんと前見てないと、スカートだったら裾踏むぞ」
「スカート、っていうのは、そんな恐ろしい罠が潜んでる衣裳なのか?」
「デザインによってはね。その代わりに、ステップが多少怪しくてもごまかしがきく。ただ、そういうスカートだと、組んでる相手の方も裾を踏みかねないので、要注意だな」
「……ご忠告、ありがとう。でも、ステップに自信がないのに、どうして踊ろうとか思うんだ?」
素朴な疑問を口にしてみただけだが、クリスがちょっと変な顔をした。
「男性の場合は、自信がないと誘ったりしないものなんだけど……」 と補足説明したが、内心で付け足した「らしい」という単語が伝わってしまったようだ。
「アレク、今さりげなく自分のことは棚の上に載せたりしなかったか?言い方が他人事だったぞ?」
「…まあ、それは否定しないが」
「否定はしないんだ?」と言って、しばし考え込む。
「聞いた話によれば、だが、そういう場合には二つのパターンがある。ひとつは主催者または主賓で、義務として踊らなければならない場合。まあ、この場合は、見苦しくならないように相手方には踊りの上手いのをつけるのが普通だそうだ」
それに、今回には当てはまらないし、と付け加える。
「…もう一つは?」
「下心がある場合」
「…下心?」
妙にダークな匂いのする単語を。
「そこまで深い意図はなくても、…本来の目的のひとつだし」
「本来の目的?」
「……まあ、アレクは嫌々やってるんだし、その上、棚の上に乗っかってるんだから、解らなくても仕方ないよね」
クリスがわざとらしく大きな溜め息をつく。
どういう意味か、と問い質そうとした時、誰かが俺の背中をつついた。振り返ると、セシリアがにやにやと意味ありげな薄ら笑いを浮かべてこっちを見ている。
「休憩を取るなら、座った方がいいと思う。おにーちゃんはともかく、クリスちゃん、ずっと立ちっぱなしだよ?」
このレッスンが始まってから、クリスが一度も腰をおろしていないのは、俺も気付いていたが。
「…という意見があるが、どうする?」
「私はまだ大丈夫だが…もしかしたら立ち話が邪魔かな?」
言われて素直に休憩を取るとは思えなかったが。
「そんな、邪魔だなんて事はないよ。あたしはただの見物人だもの。…ホントに休憩しなくていいの?」
「休憩は、一通りさらってから、だな。アレクが復活したなら、次行こうか?」
「…な?藪蛇になったろ?」
「クリスちゃんって、…」
とつぶやいて、セシリアが頭を振りながら下がっていく。
さらうべき曲はまだまだあるので、肩をすくめて、楽師に次へ進むように促した。
この冬至祭の間に、いったい何着の服に袖を通すことになるのだろうか、と思う。
夕食を終えて、食事室から出るところで、「チェックポイント」の人員がそろったので、集まるように、と呼び出された。連れて行かれた先に用意されていたのが、濃緑色の上下揃。控え目に金色の刺繍が入っている。白いシルクのシャツには緋色のボウタイを合わせる事になるらしい。「制服」に入っている金糸の刺繍が控えめなのには理由があって、……つまり、着用者が全員金髪なのだった。色合いが微妙に違う金髪が十人揃うと、なかなかに眩しい。
「…この中に、前回の参加者はいらっしゃいますか?」
説明に立った担当者の問いに、最年長と目される男性が手を上げる。もう一人、手を上げようかどうしようたためらっている女性も。
「あの…私も参加した、と思うのですが…よく覚えていなくて」
「結構ですよ。念のためにお伺いしただけですので。…他の方は、皆様初めてでいらっしゃいますよね?」
担当者の言葉遣いが妙に丁寧だ。…そういえば、さっき発言した女性には見覚えがある。……ことによると、ここに集められているのって、身内に「金瞳」持ちのいる者、なのか?そうでないにしても、招待客によく知られている子ども――というには薹が立っている者も混じっているが――たちでは?そんなところに混じっていていいものなのか、という気がする…が、表情は平静を保つ。
担当者が仕事の手順を説明する。自分の担当時間に近付いたら、「制服」に着替えて、この部屋へ立ち寄る。そしてここでスタンプインクと計数用のカードを受け取る。巡回中にカードがいっぱいになったら、ここに戻ってきて、新しいカードと交換。担当時間が終わったら、ここに戻ってきて、カードとスタンプインクを返却。…が一連の流れだ。たくさんスタンプを押すと、それに応じて何やら褒美が出る、という事なので、さぼらずに働け、という事だ。
「ここに集まった方々は全部で十人ですので、お客様が集められるスタンプは、通常でしたら一日十個まで、です。…ところで」