愛しき人へ 【 後編/短編小説 】
- カテゴリ:自作小説
- 2014/04/19 21:31:30
愛しき人へ 【 後編/短編小説 】
初めて耳にする女性の名前。
もちろんこの学校でも聞いたのは初めてだ。
“美沙子”・・・きっと彼女の名前だろう。妙に親しげだった。
あんな甘く優しい声を出す先生を見たのは初めてだし、聞いたのは初めてだ。
また傷つくことになるのか。この恋は──。
「坂口?大丈夫かー?」
顔を覗き込むように尋ねる。そんな時にチラリと見える眼差しが痛い。
もうこんな人に会いたくない。会っちゃ駄目だ。
また私が絶望に落とされるだけだ。
「ごめんなさい、帰ります。」
リュックを担ぎ、慌てて教室を飛び出す。
先生の顔を振り返ることもなく、駆け出した。自分でも驚くぐらいの速度だった。
足に力を込め、拳を握る。唇をかみ締めて精一杯走った先は屋上だった。
どうして私はここから抜け出そうとしない?どうして家のほうへ駆けなかった・・・?
今すぐにでも彼を記憶から消したい。なのにどうして消そうとしないの・・・。
そんな自分が惨めで消えたくなる。何もかも壊したい。彼への想いも消えてほしい。
崩れ落ちる体と共に伝った涙はポツリと音を立ててコンクリートに落ちた。
拭う暇もなく落ちる涙を無視して私は泣いた。泣きじゃくった。
いくら叫んでも消えない心と葛藤しながらその場で泣きじゃくった──。
こうなると分かってたはずなのにどうしてこの道に進んだんだろうか・・・。
後悔した時にはもうすでに後戻りはできないほど気持ちは募っている。
どうしていつも後悔するのは先に恋に落ちたほうなの?どうして──。
風に靡く髪、途端に電話が鳴った。
それは頼りにしている親友の涼子からだった。
「もしもし?莉子今日どうだったの?」
いつもと同じ陽気な声。何も知らない温かい声。
私の冷たい声は吐息のように零れた。
「──・・・無理」
「え?」
無意識に零れた声と共に全身の力が抜けた。
脱力仕切った体は微塵も動くことなく、風に揺らされた。
佇みながら景色を見つめ、瞬きさえ忘れながら涙をコマ送りのように流した。
電話の向こう側から聞こえる私の名前・・・。そして迫り来る足音。
全てに反応することができず、ただ佇んだ。
そんな時だった。
「坂口!?どうしたんだ!」
背後から投げかけられた言葉。振り向くと、そこには先生が立っていた。
「・・・先生」
ただ目に入った彼を見つめながら一度だけ瞬きした。
不安気に駆け寄り、体に触れる彼。つい口が勝手に動いた。
「ズルイですね、先生。」
「はぁ?何がだ・・・」
何も分かるわけない。私の気持ちだって分かってなかったのに。
何も解けるわけない。数学と彼女しか頭に無いんだもん。
そんな事分かりきってるのに、期待してしまう自分につい笑いが零れる。
「何がおかしいんだ、坂口。お前どうしたんだ・・・」
「先生、私もう帰りますんで先生も帰ってください。」
微笑んだ。何も無かったかのように。
先生は目を丸くして「えっ?」と聞き返すように言った。
だが私は二度言わず、一礼してその場を去った。
教科書は三冊しか入っていないのに、リュックが何故か重く感じる。
今までの私の募った想いを詰め込んでいるようだ。
お気に入りの飴が少ししょっぱい。自分の涙をなめているようだ。
今日はいつもより頬が冷たい。さっきの涙の温度だ。
「・・・ッ」
さっきまで平気だった悲しみがまた一気に溢れる。
先生に会えば全て収まるのに、離れればすぐに崩れる。
私の体はまるで彼が居なきゃ駄目になってしまったようだ──・・・。
勝手に心を奪っておいて、捨てるなんてズルイよ。責任とってよ。
そんな事言っても、誰も聞いてくれない。
◆ ◆ ◆
あれから先生を避けた。
最低限の会話しかしない、すれ違ったても完全無視。
彼は振り返って首を捻るが、私はそれさえも無視した。
どうして?と尋ねられても、引き止められても、私は完全に無視した。
もう彼と関わりたくない。関わったらまた心がえぐられるだけ。
そう思っていた日々に突然咲いた花・・・。
「・・・坂口、ちょっといいか?」
一人残った教室で浮かんだ言葉、そして柔らかな声。
いつもとは違った雰囲気に包まれて私とりつかれたように彼のほうへ行った。
避けていた日々とは一転するかのように、私は普通に対応した。
「最近俺を避けてるな、どうしたんだ?」
「・・・」
「あの日以来からだけど・・・なんかあったのか?」
「・・・」
「──・・・電話」
「えっ?」
静まり返った教室で、零した。
涙と共に溢れた感情を思い切りぶつけた。
「先生の電話聞いちゃったんです、私。“美沙子”って人の・・・」
そう告げると、先生は目を丸くして見開いた。
だが戸惑いも動揺も見せなかった。逆に照れ臭そうに笑った。
その影には微かに喜びも見えた。
「なぁんだ、生徒に知られちゃってたのかー・・・。てかそのことだったの?」
後頭部に触れながらニコッと微笑む。
そして微かに薬指に見える光ったリング──・・・。
最近避けて気づかなかったけど、あの日はなかったものがある。
「・・・先生、結婚したの?」
「え、あ!バレた?うん、結婚したんだ~。」
どうりで嬉しそうだったわけだ。
「・・・ふぅん。」
結局こうなるんだ、私は。
「じゃ、さよなら」
「おい!結局なんで・・・」
「知らなくていいです、お幸せに。」
振り返り、精一杯微笑んだ。
またいつも以上に重くなったリュックを背負って駆け出す。
誰もいない廊下を駆け抜け、出口に出たときだった。
「──・・・先生、さよなら。」
もう一度振り返って、告げる。
すると心がスッと軽くなって、リュックも軽くなった。
最初から無理な恋だった。相手は先生だし。でもこれだけは言いたい。
愛しき人へ。
貴方を精一杯愛してました。
正直言えばきっと今でも愛してるんだと思う。
でも・・・それでも貴方へ手を伸ばさない理由(ワケ)は、貴方にはもう守るべき人が居るから。愛しき人・・・貴方の愛しき人はしっかり貴方の隣で笑えてるはず。
私はそっとそれを見てるだけでいい。ただもう・・・それだけで、幸せ・・・だから。
そう目を閉じ、深呼吸した途端に鳥が羽ばたいた。
そしてふわりと舞い降りたように目の前にたった男子──。
それは同級生の東だった。
「東・・・、どうしたの?」
「最近お前帰り遅いから・・・その、心配してさ。」
「・・・東らしくないね。」
「っるせぇ、んな事言ってると日が暮れる。」
「──うん。」
愛しき人、私はあなたに何かを貰った気がする。
それを大事にして私は生きて行きたい。
END
これからもちょくちょく読みに来ますね!!
泣きました。笑
これからも、恋愛小説楽しみにしています!