愛しき人へ 【 前編小説/短編小説 】
- カテゴリ:自作小説
- 2014/04/19 00:58:45
私は・・・貴方を愛している。
でも口に出すことはできない。いや、してはいけないのだ。
口に出してしまえば関係は崩れるし、お互い良い事はまったくない。
そうと分かっていても、今私は・・・隣に居る彼に何かを言おうとしている。
それが無意味で、無価値だと分かっているのにも関わらず、今・・・吐き出そうとしている。
これは自己満足であり、大変迷惑な事なのだ。それでも伝えたくなるのは・・・なぜ?
──愛しているから。
◆ ◆ ◆
あれは珍しく涼しい気候だった、夏の日。
いつも通りの薄着で行って後悔していた日だった。
私は一人夏の日に鳥肌を立てながら校舎の廊下を歩いていた。
そこは誰一人として通ることはない。大きな針が六時を回っていたから、当然だ。
寒い、まではいかないが、肌寒い。両腕を擦りながら足の速度を上げる。
背にはリュック、そして大きな夕日。自転車の鍵を取り出す際、視界に入った夕日が眩しい。
なんだか夕日に吸い込まれて、溶けてしまいそうな・・・そんな気分になった。
私は何もない平凡な女子高生。美人でもない、運動ができるわけでもない、勉強も無理。
何も飛びぬけてるわけでもない。できると言ったら並の人ができるモノ。
今日は居残りのせいで少し遅くなっただけであって、いつもはこんなまじめに残ったりしない。
「ふわぁ・・・」
ふいに出る欠伸を隠すことさえ忘れ、大きく伸びをする。
その時だった。こんな時間に聞こえるはずもない足音が聞こえたのだ。
スタスタスタ・・・、段々とこちらに近づいてくる。
私は携帯で「110」と打ち込み、構えた。そして見えたシルエット。
それと共に私は衝撃を受けた。
「えっ・・・」
つい漏れた声と共に横切るその影は私をあっという間に追い抜いていった。
振り返るとそこにもう彼の姿はない。ただ余韻だけを残して去っていったのだ。
彼が居なくなった後、私は勝手に口が動いていた。
「何なのあの人・・・」
感じたこともないオーラを感じ、驚きを隠せない。
見開く目を閉じることもできず、体が動くまでに数秒掛かったのだ。
帰宅してからも当分あの人の事を考えていた。
頭から離れないあの凛とした姿をかき消そうとしても消せない。
まさかこれが一目惚れって奴なのだろうか・・・?いやいや、まさか私が・・・。
目を閉じてもう一度頭を整理してみる。少し落ち着いたところで行動した。
一目惚れなんかしない。私は・・・絶対に駄目。もう恋で傷つくなんていやだもん。
臆病な自分を覆うようにベールを作り、そっとカーテンを閉めた。
私は・・・もう恋しない。そう誓ったんだもん。
翌日の朝、私はいつもどおり家を出た。
何も変わらない朝だった。そりゃそうだ、変わるわけがない。
だって何もなかった。今日も、昨日も・・・何もなかったんだから。
まるで呪文のように唱えた言葉は足を進めるたび消えて行き、学校に着いた頃にはすでにその呪文は消えていた。・・・が、そんな甘いモノではなかった。
朝、正門の前で見てしまった。あの輝かしい笑顔と昨日の凛々しい姿を──。
一瞬、呼吸が止まった。そして息を呑んだ。目を大きく見開き、映る彼の笑顔・・・。
もう、反論できなかった。もう、否定できない。
──貴方が好きなんだ。
◆ ◆ ◆
「──で、好きになったの?」
「・・・うん、私が一目惚れなんてあり得ないって思ってたんだけど・・・」
「ふぅん。ま、でも莉子はあれ以来恋しなかったもんねぇ」
親友の涼子が頬杖を付きながら発した“あれ”という言葉。
詳しく話せば“あれ”の二言では片付けきれない程、私の心に大きく傷を作った事件。
事件、と言えば大袈裟になるかもしれない。でも爪あとを残したのは事実だ。
きっとあれ以上の衝撃的な幸せが訪れない限り、私は・・・立ち直れないし、治らない。
「もう二年前の話なんだし、忘れてその人狙っちゃえ。」
「そう・・・だね・・・。」
「過去で失敗したからって、今回もそうとは限らないでしょ?」
妙に説得力のある眼差しを私に向け、ニッと凛々しく笑っている。
それに釣られて笑む私を見て、彼女はホッとしたように微笑んだ。
「それでいいの!じゃ、頑張れ~。」
手を振り、教室を去る彼女を見送って席に着いた。
次は数学。一番ヤな授業だ。もうどうしよ、寝ちゃおうかな・・・。
宿題もやりきるの忘れてたし、丸付けもしてないし・・・もうこのままとんずらしよ。
チャイムと共に誓い、机に伏せる。数分後にはもう夢の世界に居た。
私が目覚めたのは扉の開く音でではなく、女子の歓声でだった。
「なんだなんだ?」と顔を上げると、そこに立っていたのは凛々しいあの人だった。
つい声が漏れる。だがそんな声はすぐにかき消されていった。
「めっちゃかっこいい!ヤバくない?」
「やばーい、誰アノ先生!」
女子のヒソヒソ声は募り、耳に届くくらい大きくなっていた。
私は眉を顰め、首をあげる。そこにたっていたのは紛れもなくあの人だった。
目を見開き、眉をあげる。全身が反応し、頭はあの日の光景がしっかりと映っていた。
「えぇと、今日から助手としてきてくれる武山亮太先生です、よろしくね。」
いつものおじちゃん先生が紹介し終えると、あの人はチョークを握る。
そしてスラスラと滑らかに黒板でチョークを滑らせる。
とても綺麗な字で「武山亮太」とデカく書かれていた。
「・・・武山・・・亮太・・・」
つい毀れた声。そんな小さな声に彼は反応し、ニコッと笑った。
「そうです、よろしくね。」
その笑顔は女子全員のハートを射抜き、離さなかった。
その中でも断トツ私の心は貫通するくらい射抜いていた──。
激しい恋の予感と涙の予感を感じながらも、心臓を押さえた。
◆ ◆ ◆
これからかれこれ一年が経つ。
私は先生との距離を頑張って縮めた。
でも、縮める度薄々気づいてしまった──。
「明日は休みだから会おう、美沙子。」
「──・・・ッ!」
数学の補習・・・無理矢理入れ込むんじゃなかった。
そう後悔したときにはもう、遅かった。
「じゃ、生徒待たせてるから行くわ。・・・おう、また」
恋って傷つくためにあるのか、と思ってしまうほど残酷な会話。
私はそっと目を閉じ、涙が出る扉をふさいだ。
だが、隙間からあふれ出す涙は止められない。
「ごめんな、待った・・・」
扉が開くと共にぼやけた視界に映ったのは彼の陽気な顔と見開いた目だった。
もう・・・手立てはないの?もう・・・貴方と居る方法はないの?
時が止まったように硬直した私たちの視線と体は数分間動くことはなかった。
続く。
ありがとうございます!
更新遅れちゃってごめんなさい・・・。
これからも、よろしくお願いします。