Your 【 前編/短編小説 】
- カテゴリ:自作小説
- 2014/04/06 21:33:06
Your 【 前編/短編小説 】
寒い中、霧を駆け抜けて君が浮かび上がる。
缶コーヒーを片手に微笑んで、微かに震えながら私に差し出す。
「ねえ」君が言う。「何?」私が尋ねる。そして君は微笑んで囁く。
「結婚しようか。」
目を見開いて、硬直する体を彼は優しく包み込んでくれた。頭を彼の腕に載せて、
私はゆっくりと頷いた。二人の笑い声に包まれた冬の公園で柔らかな風が吹く。
幸せのベールで包まれ、二人の道はキラキラと輝いていった。
──はずだった。
だけどこれは数年前のこと。今の私に彼はいない。
毎晩魘され、彼の夢を見て目を覚ます。これは日課化となりつつあった。
薄っすらと開く視界から見える真っ白な天井は雪に見えて、育てている観葉植物はあの日
柔らかな風に揺らされていた木に見える。窓から吹く温風は彼の温度に似ている。
すべてがあの頃と重なって、錯覚を覚えてしまう・・・。
目を擦りながら洗面台へ向かい、顔を洗う。口を漱ぎ、キッチンへ向かって料理。
毎日同じ行動を繰り返す。私の頭の中も毎日同じ事の繰り返しだ。
歯磨きをしていると、彼が鏡に映ったように見える。昔みたいに隣で歯磨きをしている姿。
一つのコップを奪い合って、ジャンケンした事、料理当番を決めた事。どこに行っても
彼の姿が目に浮かんでしまって、いい加減自分にも嫌気が差していた。
よし、と私は言いながら両頬を叩く。
このままでは駄目だ、と呪文のように唱える。それでも彼が心から消える事はない。
でもこれは精神安定剤と一緒で、これがなければ私はやってられないのだ。
コップ一杯の牛乳を体に流し込み、ドアノブを捻る。扉が開くと同時に私の一日は始まる。
会社までの通勤路を歩み、電車に乗り込む。
携帯を弄りながら今日の天気やニュースに目を通す。たまに占いもしたりする。
「今日のトップは乙女座のあなた!ラッキーカラーはピンクです!」と、陽気に並べ
られる文章に目を通し、全身を見渡す。たまたまラッキーカラーを着用している時は
微かな喜びが生まれる。だからと言って特別いい日になるというわけでもないが、これは
通勤の微かな楽しみである。ニュースは最近経済や政治についてよく見る。
「ワイロ」などと言う単語を最近よく聞いたりする。世も末だな、と他人事のように呟く。
そうこうしている内に会社に到着し、戦いが始まるのだ。
「チーム長、ここどういうデザインにすればいいですか?」
「あぁ、ここはもう少し派手な色を入れて。単調は控えて」
「チーム長、資料が完成しました。」
「ご苦労様」
私はこの会社のチーム長。重要な仕事は全て私のほうに回ってくる。
何人もの部下を抱えながら自分なりの仕事をこなさなくてはならない。
これが苦痛だと感じたこともないし、部下は皆出来るいい子達ばかりなのだが・・・。
最近新作の提案をしなくてはならないため、社内がバタバタし始めている。
発表も真近に迫っているため、デザイン部はバタバタするのも当然なのだが。
「ここはこうしてっと・・・」
「違う、ここはもっとこうだよ!」
部下達は部下達なりにいろんなことをしてくれている。
チーム長の私がしっかりしなくてはならないんだけど・・・。
出展会も近づいているというのに、いいデザインが一向に浮かばないのだ。
それよりも部下が提案したさっきのデザインのほうが断然よかった。部下に自分の作品
を見せようとも思えないほどだ。このままでは、発表さえできなくなってしまう・・・。
まずい、また眩暈が・・・。
「・・・チーム長?」
部下の声が微かに聞こえた。だが、反応する気力はもうない。
私の視界はゆっくりとコマ送りで暗黒に満ちていった。
私の名を何度も呼ぶ部下の声が聞こえたが、それに対応する力はもうない。
◆ ◆ ◆
ここどこだろう、寒いな・・・。
体を震わせながら、白い吐息を見て目を見開く。
今は春なはずなのに、どうして白い吐息がこぼれるんだ、と。
慌てて立ち上がり、身の回りを見渡す。そして思い出した。
「ここはあの時の・・・」
世界で一番大事な男性と永遠を誓い合ったあの公園だ。
あれは確か非常に寒い十二月。彼が微笑んで缶コーヒーを差し出してくれた。
抱き締める彼の温度が温かくて毛布も何もなくても震えずに笑えた。
だけど何で今この場所に私はいるのだろう・・・?彼がいないから寒くて震えてしまう。
寒さを感じる、ということは現実なの?白い吐息が出るという事は現実?
手探りをしながら公園を歩む。一歩、二歩くらい進んだ時だった。
「美加」
低いトーンで私の名を囁く。落ち着いていてるけど、柔らかくて優しい声・・・。
片時も忘れることができなかった耳にこびりついた私を包む声。
たった一言で私を地獄へ、天国へと左右する困った人。
そこからまた二歩進んで、言った。
「和也・・・」
確かに彼だった。目の前で微笑み、あの頃と同じように缶コーヒーを片手にしている。
そのまま何も出来ず、私は棒立ちする。それを見た彼は一直線に私に歩み寄る。
何も触れず、何も言わずただ微笑んだ。スッと音を立てて差し出されたのは一本の
缶コーヒーだった。ミルクが混ざった無糖のこだわった缶コーヒーだ。
これが好きだ、というのは異性の中で和也しか知らなかった。
「本当に・・・和也なんだねっ・・・」
つい涙が頬を伝う。温かい缶コーヒーを握り締めながら声を押し殺す。
そんな私を見て彼は昔のように触れてくれた。
彼の優しい眼差しを受け止めながら、私は頷いた。
「・・・美加」
ずっと開かなかった彼の口が開く。
私は首を捻って「何?」と尋ねる。すると彼は消えそうな声で言った。
「ごめんね」
そんな彼の頬には一筋の涙が伝っていた。
突然のことで軽くパニックに陥る。途端に彼は私の頬に触れた。
そして、また言った。「ごめんね」と。
「わからない・・・。和也のことわかんないよ」
そう囁くと、彼は背を向けた。
消えそうな声だったけど、私にはしっかり聞こえた。
「愛してる」
「和也・・・?」
そして再び霧の中に消え去っていった。
手を伸ばしてももう彼に届くわけもなく、私は引き戻された。
本当の世界に。
◆ ◆ ◆
「チーム長!あぁ、よかった・・・。」
胸をなでおろしながら他の社員を呼び出す。
ぞろぞろと集まり、女性社員は一気に私を囲んで呼んだ。
「チーム長、大丈夫ですか?」
「チーム長・・・よかった。」
そんなに私を心配してくれていたのかと驚きを隠せない。
まだ重い体をゆっくりと起こす。途端に慌てて一人の社員が言った。
「そういえば、チーム長に連絡が入ってましたよ。」
「? 誰から?」
「えぇと、坂口和也さんって方から・・・」
「──・・・ッ!」
微かな予感は嫌なモノか良いモノかはわからない。
だがあの幻覚が蘇り、余計私を急かす。
「繋いで、すぐ連絡する。」
「でもチーム長・・・」
「いいから、私は大丈夫。」
「・・・かしこまりました。」
彼の姿が霧の中にゆっくり消えていく幻覚が何度も繰り返される。
手を伸ばしても届かない先には何があったのだろうか?
彼の良き行くさきはどこだったのだろうか?
いくら考えてもいい結果は出てこなかった。
「チーム長、繋ぎました」
私は受話器を受け取り、ただ祈った。
どうか、悪いお知らせではないようにと。
◆続く◆
夢の中で彼と会うというのがめっちゃ共感できます!
続き楽しみにしています!