春の頬 【 最終編/短編小説 】
- カテゴリ:自作小説
- 2014/03/27 02:09:16
春の頬 【 最終編/短編小説 】
彼女と離れてあれから6年が経った──。
あれから俺はなんとなくで人生を過ごして来た。
彼女だけ見つめてたあの時はもう戻る事もなく、ただ過ぎていく。
6年という長い時を超えた今でも俺の心に住んでいるのは彼女だけ。
柔らかく小さな手を握ったあの時…俺は心に誓った。彼女を放さないと。
なのに…それなのに彼女は俺の隣からいなくなり、いつの間にか一文無しになっていた。
結局あれ以来俺は小林に猛アタックされた。
諦めたように見せかけていた仮面はついに剥がされたのだ。
懸命に断ったが、「亜美香の事ならもう無理」や「亜美香は迅君の所よ」などと
意味深な発言を重ねに重ね、俺を段々と壁に追い込んで惑わせた。
…──俺はどうすればいいんだ。
まだ求婚されていて、断っても親が公認してて断り辛い。
それに今断ってもきっと話が勝手に進んでいく…。
なんてったって小林の両親は社長で会社を育てた夫婦だからな。
俺の家は貧困だし、結婚したほうが親孝行にもなるのかも──…。
それに…それにきっともう彼女はもう…帰ってこないだろうしな。
静かな部屋で握り締める拳にそっと浮かんだ真っ白な手。
そしてあの頃と変わらない柔らかい感触が俺の手を包む。
横目でチラリと隣を見ると、そこには彼女が立っていた。
「 亜美香ッ…! 」
呼び声を上げると、彼女は優しく微笑んだ。
首を小さく傾げ、栗色の柔らかい髪を静かに揺らす。
そして手の角度を変えてまた俺の手を両手で包み込んだ。
「 亜美…香…、戻ってきてくれたんだね… 」
両手を広げ、抱き締める。
しかし、その胸の中にもう彼女は居なかった。
するりと透り抜ける彼女の体の温もりはまったくない──。
あるのは悔しげに握り締めた拳と、誰も居ない冷たい胸だけだ。
俺は唇を噛み締めて泣いた。
その場に膝から崩れ落ち、誰も包めない拳を握り締めた。
そして乾いた頬に流れる一筋の涙が俺に決心をさせた。
…──結婚しよう。
もう俺はきっと元通りになんかなれやしない。
亜美香が目の前に現れても優しく包み込めないんだ。
幸せが一時来たとしても…きっとそれは幻。一瞬で消え去ってしまう。
だったら俺は周りを…迷惑を掛け続けた家族を助けれる方法を選びたい。
もう自分の欲望に身を任せるのはやめよう。ただ…それだけだ。
幻と化した亜美香はもう現れない。
もちろん、本物も俺に姿を見せることはなかった。