春の昼下がり(長文ご容赦)
- カテゴリ:日記
- 2014/03/21 17:45:39
職場帰りの夜、電車を降りた僕はやるせない気分だった。
駅前の公園のベンチに老ネコが座っている。
ネコとしては、相当年老いているようだ。
そういえば、僕の実家には、僕が生まれる前からネコがいて、僕はそのネコと兄弟のように過ごした日々を思い出した。
たしか「キジ」という名前だった。
人間の言葉ではないが、僕は何か感覚的なもので意思疎通を図っていたと思う。
しかし、僕が家族や回りの人たちと人間の言葉を使って話すようになってから、その感覚はだんだん薄れていった。
やがて、そのネコも僕のまわりからいなくなるとその感覚はなくなった。
あのネコは、なぜどこへ行ってしまったのだろう。
長く厳しい猫生を歩んできただろうこの老ネコに敬意を表して、僕は「ネコさん」と呼ぶことにした。
僕はベンチに座り、次々に職場でのイヤなことをネコさんに話しかけた。
ネコさんは、目を細めて座っているだけだった。
次の日はお休みだったので、朝から僕はニボシを持って公園に行った。
いつもの所に、ネコさんは座っていた。
ニボシをあげると、ネコさんは無言で何度も何度も首を振りながら、ゆっくりゆっくりとニボシを食べた。
すべて食べてしまうと、ペロリと舌なめずりをして僕の顔を見た。
ネコさんは、ひとつひとつの動作すべてがスローモーションだ。
もうニボシがないことを確認すると、ネコさんはまた目を閉じて丸くなってしまった。
それでも、僕はネコさんに話しかける、たとえ一方通行の会話であっても・・・。
仕事のこと、職場の人間のこと・・・家族のこと、そして昔、僕の家にいたネコのこと。
ネコの話をしたとき、ネコさんの両耳はピクリと動いた。
つづけて、僕は「キジ」という名前を口にした。
すると、ネコさんは僕の心の中に語りかけてきたのだ。
いろいろとネコさんと意識の中で話をしていくと、どうやらネコさんは「キジ」だったのだ。
僕の目からは思わず涙がふきだした。
ネコさんはやさしい顔をしてあいからわず目を細めていた。
ネコさんが、感情を表にあらわさないのは、長い修行がなせる技なのだろう。
僕は何としてもネコさんを自宅に連れて帰りたくなった。
しかし、「いま住んでいるマンションはペットを飼ってはいけない約束になっていて、今は一緒に暮らせない」ことを話した。
ネコさんは僕の顔をじっとみて、ニコっと笑った。
・・・・瞬間だった。
僕は何が起きたのかまったくわからなかったが、僕のすぐ横には、僕と同じくらいの大きさのバッグが置かれているのが目に入った。
よく見ると、それは僕が持ってきたバッグだ。
周りの物がすべて僕より大きくなっている。
そして、行き交う人たちは、みんなすごく背の高い人ばかりだ。
ふしぎーーっ!、えっ、僕が小さくなった!?
ネコさんは、長い猫生の中で修行に励み、ある"術”を習得とのことだった。
その術を僕にかけたのだった。
僕はネコに変身してしまったのだ。
僕は、口のまわりと、足の先が白い黒ネコになった。
日差しがやっと暖かくなった春の昼下がり、ゆっくり昼寝もいいものだ。
私も実家の飼い猫がだらしないカッコで寝ているのを見ると癒されます。
zukkyさんもお好きなことをしたり、見たりして
のんびり、まったりして、英気を養ってくださいましね。
世間のごたごたに疲れた時は
まったり のんびり
ネコに変身したくなります~~