Nicotto Town


信じる事から、叶うか叶わないか決まる。


恋の芽が出る頃に 【 第二十六章 】

第二十六章 『 絡まり始める赤い糸 』



あの夜…、私は良く眠れたのか眠れてないのかは分からない。
でも確かに彼の寝息を感じながら目を瞑る一時は何よりも幸せだった。
目を覚ませば拓斗が微笑んで「おはよう」って言ってくれる。
それに応えるだけでも十分、私は幸せを感じれてた。


坂谷君なんかどうでもいい。
今は拓斗との幸せだけ追えればいいんだ。
彼と手を繋いでずっとずっと永遠に…一緒に居れればそれでいい。


自分に言い聞かすかのように目を閉じる。
その瞬間、額に柔らかい感触を感じる。
そっと離れた時、拓斗の唇から出る吐息が額に掛かって温かい。


「 拓斗… 」


上目遣いでそっと彼を見つめる。
頬を撫でられ、しっとりとした優しい瞳で私を見る。
彼の手は誰よりも私を包み込んでくれた。──…あの人よりも。


小さな手で一生懸命彼の手を握る。
私も彼の愛を精一杯応えるように微笑む。
その刹那、柔らかい風に包まれ、真っ白なカーテンがふわりと羽のように浮かんだ。


薄っすら唇を開いた拓斗は、こう囁く。


「 愛してる、夏芽。 」


それに応えるようにコクリ、とゆっくり頷く。


彼の愛は予想できないくらい大きいモノ…それは私でも分かる。
だから私は彼の愛に応えるのに必死で、ついていくのが必死だった。
そう。あの頃、私の心には坂谷君が住んでいたから。
正直、拓斗の住み場所はほぼ無かった。


でも今は違う。
今は坂谷君の住み場所なんて無い。
拓斗…今は貴方だけなの。今は貴方だけ…私の心に居るの。


声ならぬ声は彼には聞えるはずもない。
だがまるで彼はそれを聞き取ったかのように私を優しく包み込んだ。
力強く逞しい腕に抱かれながら、そっと涙する。


──長い間愛せなくてごめんなさい。
これからはずっとずっと貴方だけを見てる。…何があっても。




◆ ◆ ◆



過去は過去、今を生きよう。


そう心に誓い、昨日騒動があったあのオフィスへ向かう。
あの人とのキスをかき消すように朝、拓斗と口付けを交わした。
拓斗のキスは優しくて強引なんかじゃない。…あんな人とはまったく違う。


今を生きるんだ。もう彼は居ない。
私の心にも、私の頭にも彼はもう居ない。
あの人との記憶は全て捨てた…美由との記憶も全てかき消した。
今を生きろ…そうすればきっ幸せになれるから。


“今を生きろ”とまるで呪文のように唱え続ける。
そんな時、風が横切ると共に私の目の前に立ちはだかった大きな存在。
過去を揺るがし、未来をも揺るがそうとしたあの人の姿…。


「 坂谷君… 」


彼は平然とした顔で私の目の前に立っている。
靡く髪からシャンプーの香りが漂う。
昨日近づいたときにしたキツイ香水の香りとはまったく違う…優しい香り。
危うく騙されそうになるほどの、優しい目付き。


──まるであの頃に突然戻ったみたいだ。


長い足をこちらに向け、歩み寄る彼。
一歩一歩と引き下がり、警戒を隠せない。
そんな私を見て彼は目を逸らし、自分の髪をくしゃっと抑えた。


眉はガクンと歪み、目を少し潤ませながら言った。


「 その…昨日は悪かった。 」


「 えっ… 」


驚いた。昨日の強引は彼がまったく別人のようで──。
獲物を狩る鷹のように鋭い目付き、獲物を食らう豹のような口許が今では
優しさが溢れ出て、昨日のあの姿がまったく想像できなくなるくらいであった。


目を丸くしながら見ていると、彼は口角を少し上げてこちらを見た。


「 その、お詫びって言っちゃなんだけどさぁ…。

  今日彼氏さんとでもご飯行かない?俺、奢るからさ。 」


「 待って、何で彼氏居るって知ってるの…? 」


「 は?瑠衣ちゃんから聞いたに決まってんだろ? 」


「 ──…瑠衣 」


そうか…瑠衣は坂谷君と会ってたんだ。
しかも私に彼ができたって事も…あの頃愛してなかったって事も知ってる。
まさか全て伝わってないよね…?まさか情報が坂谷君に漏れてるわけないよね?


思わず怖くなり、口を手で覆う。
その瞬間、私の気持ちを読んだように斜めに口角が上がった。
そして迫り来るように「な?いいだろ?」と言いながら近づいてくる。
もう、私は頷くことしかできなかった。早くこの場から去りたい、その一心で。


「 よし!じゃあ駅前のレストランで8時なー。

  ちゃんと愛しの彼氏にも言っとけよ?分かったなー? 」


「 は、はい… 」


そんな風に微笑まないで…戻ったのか勘違いしちゃう。
別に貴方が戻っても、戻らなくても結果は同じだからっ──。
何も変わらない、もう私は揺らがないって決めたの。


そんな気持ちを再確認するかのように拓斗に電話を掛ける。
呼び出しのベルが妙に長くて、いつもより考える事が多くなる。
彼の突然変わった風貌、そしてあの頃と同じ微笑み。


そして美由との関係──…。


私には無理なの?彼を考えないという事は。
私にはできないの?心底人を愛す事。
坂谷君の事は愛していない。でも微かに考えてしまうの。
それは好きだからとか決してそんなモノではない…ただ考えてしまうだけ。


拓斗、早く出てよ。
今は貴方の声がただ聞きたい。


まるで頭に浮かぶあの人をかき消してと頼むように電話を待つ。
ガチャリ、と音にやけに敏感になった私は体をビクりと動かし、声を上げた。


「 もしもし拓斗?あの…実はさ… 」


上手く誤魔化さないと拓斗が心配する。
男に食事誘われたーなんて言ったら尚更だ。
しかも昔の同級生で、初恋の人だなんて知られたらもう終わりだろうな。


そこから私はうまい事誤魔化し、なんとかOKを貰った。
喜ぶとこなのかもしれないけど絶対ガッツポーズなんてできない。
上手いこと誤魔化したって言うけど、嘘を並べただけだ。
「上司だ」とか「会社で知り合った」とか…嘘八百にも程がある。


ごめん、拓斗。
少しだけ…少しだけこの嘘に付き合ってね。


拝むように額に携帯を当て、目を瞑る。
ただ寒い気候と、照りつく太陽だけがそんな私を見守っていた。



◆続く◆




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