恋の芽が出る頃に 【 第二十四章 】
- カテゴリ:自作小説
- 2014/03/06 23:36:17
第二十四章 『 突然の影 』
「 ええ、今日は少し遅くなりそうなの。
──…うん、だから先に家で待ってて?うん、お願い。 」
静まり返るオフィスに響く甲高い私の声。
上司に『お前に任せたぞ』と言われてつい張り切ってしまっている自分が居る。
これが私の中の最初で最後のチャンスだと思うから……きっと。
拓斗のためにも、今は前に進まなくちゃいけない。
もちろん、それは自分のためでもある。
過去を清算するのが皆にとって、拓斗にとって、──…あの二人にとっていいんだから。
考えが一段落し、一息を吐く。
右手で傾けながらコーヒーを流し込む。
一気に身体が温まり、脳が活性化させられる。
なるべく早く終わらせて、今日は拓斗とご飯としっかり食べよう。
それを楽しみに、資料に次々と目を通し、またコーヒーを流し込む。
睡魔に襲われながらも頑張っていると、いつの間にか仕事は全て片付いていた。
「 よし、終わった! 」
拓斗、今帰るからねと心で呟き、鞄に資料を詰め込む。
慌てて肩に背負い、ヒールの音をカツンッと一つ鳴らした時だった…
その刹那、私は全身が凍りつき動かなくなった。
目を見開き、きっと口も馬鹿みたいに開いていただろう。
身体も気づけばぷるぷると震えてしまっていた。
だってその前に立っていたのは──…
「 夏芽、久しぶり。 」
「 坂谷…君… 」
“久しぶり”と冗談のように微笑む彼の笑顔が妙に違和感を感じる。
手が震え、肩に掛けた鞄がガクンと下がると共に一歩足が引き下がっていた。
そんな私の姿を見るや否や彼はハハハッと笑って近づいてくる。
机に片付けた資料の山を指でなぞり、気づけば私との距離は数センチへと化していた。
何だ、と尋ねても口を開かない。
ただ口角と斜めに上げ、ニヤリといやな笑みを浮かべている。
坂谷君の考えていることがまったくわからない。なぜここにいるのかも分からない。
「 なんでここにいるの…? 」
眉を歪め、眉間にシワを寄せながら尋ねる。
すると彼は鼻でハッと笑い、一瞬目を逸らしたかと思えばまたこちらを見た。
鋭い視線を送る。
途端に私の顎を鷲掴みにし、壁に押し倒した。
「 ちょっ、何!? 」
状況についていけない私を置いていくかのように坂谷君は思い切り唇を重ねた。
それはもうはじめてのような感触で、強引にも程があるようなモノだった。
必死に抵抗し、突き放そうと頑張るが力で負ける。
そして数分後、ようやく解放されたかと思えば次は抱き寄せられた。
何も言えない私を察したのか、ただ彼も黙って私を抱き締める。
後頭部を優しく何度も何度も撫でながら吐息を耳に掛ける。
「 …坂谷君 」
──…拓斗。
声なき拓斗を呼ぶ声は誰にも聞えることなく、
私の口から漏れていた言葉は気づけば彼の名だった。
◆続く◆
続き気になります