罪と罰【短編/言霊のロンド】
- カテゴリ:自作小説
- 2014/02/21 01:58:02
ヤエの罰/ザクラの罪
# - 冥界の果物
――行かないで
――――捨てないで お願い もう
――――――何も、言わないから
*
8年前。
ある、八重桜の咲き誇る雪の日だった。
私たちが捨てられたのは。
そして蒼海カズサに拾われたのは。
朝の日差しも差し込まない、分厚い雪雲の下。ハラハラと舞う八重桜。
大昔には春なんていう季節があって、もっとたくさんの桜が咲いていたらしい。
「どうしたんだい」
寒いだろう、そんなところで。
今日は桜が綺麗だね――この子は、いつも咲いているが。
蒼海カズサは言った。
私たちは、その日。
その男に救われた。
*
「ヤエ、見て!花の冠!」
小さな頃は親にも愛されて何不自由なく暮らしていた。父親しか居なかったけれど、周りにお世話係のメイドが何人も仕えていたのを良く覚えている。彼女たちも優しく、とても好きだった。
ただ気になったのは、父親の顔が私たち兄弟と似てもにつかなかったことと、私たちの目の色が、他の人と違っていたこと。母親が居なかったこと。
でも、そんなことさえどうでも良いと思えるほど。私たちは幸せだった。
母親なんて居なくても、父親は私たちを愛してくれた。
「ヤエにあげる」
例え戦争の真っ只中だろうと、父親の愛さえ感じられればそれで十分だった。
__あんな話を聞いてしまうまでは。
10歳になったある夜、父親は館中のメイドを集め盛大に私たち兄妹の誕生日パーティーを開いてくれた。
父親の唯一の言いつけは「外に出て他所の子供と友達になってはいけない」ということだったけれど、そもそも周りに家は無かったし、ヤエが居たから友達なんて必要なかった。ヤエと父親さえ居れば、十分だった。
パーティーは楽しかった。父親は柘榴という果物を私に勧めてくれた。初めて食べたけれど、不思議な食感がしてとても美味しかった。
夜中近くまでパーティは続き、私はヤエと一緒に途中で寝てしまったようだった。
ふと目を覚ますと自分の部屋のベッドだったので、トイレに行きたくなって寒かったけれどそっと廊下に出た。ヤエを起こさないように、蝋燭も付けなかった。
廊下は賑やかだったパーティーとのギャップでとても静かで、なんだか寂しかった。ひたひたと素足が木板を歩く。
やがて父親の書斎の前を通りかかった。ドアの隙間から室内の明かりが漏れている。
もう夜中なのに、父はまだ起きているらしい。この角を曲がればすぐにトイレだったけれど、きっと途中で寝てしまった私たちを運んでくれたのは父だろうと思い、挨拶しようと私はドアノブに手をかけた。
その瞬間、聴こえた。
「何故あの子達に**の記憶が戻らないんだ!私はいつまで待てばいい、**――――もう、愛し疲れたよ」
「私が二人を産みだしたのは、間違いだったのか」
私は、身体を流れる血が瞬く間に凍りついたような錯覚に陥った。
足裏の冷たい廊下から、激しい悪寒が脳天まで突き抜ける。
**の記憶?**って誰?何、何の話をしているの?
愛し疲れたって、なに?
産みだしたって、ナニ?
「 」
私たちは、愛されてるでしょう?ほら、今着てる服だって。父が買ってくれたモノだわ。
嘘よ。そんなの嘘。信じない。
私たちは、今ハ居ナイ母カラ産マレタンデショウ?
「――――ッ」
私は逃げ出した。その場から、トイレに行きたかったのも忘れて。
すぐさま部屋に駆け込んで、布団を頭から被って震えた。
大きな足音を立ててしまった。気づかれただろうか。いいや、そんなことあの時は眼中になかった。
なんで、なに、なんこと。知らない、しらない、シラナイわ。そんなこと。
知りたくない。
勝手に溢れてきた冷たい雫を拭う方法さえ忘れてただ震えた。
その夜は、ずっと眠れなかった。
*
次の日、いつの間にか眠っていたようで、ヤエに起こされた。
変わらぬ日常。変わらぬ優しさ。なのにどうしてか、急に味気なく、遠のいて感じられた。
その日の午後、父は私たちを初めて遠くへ連れ出してくれた。
それは、超巨大都市輪舞への遠い旅路。
馬車に揺られ、私は見たことのない景色に、ヤエと共に大変に歓喜した。
父は嬉しそうな顔をしていた。私は、あのことを忘れた。
見たことがないと言っても、ただの銀世界に変わりはなかったのだけれど。
そして色盲の私たちには、白黒の味気ない風景だったのだけれど。
それでも屋敷とその庭しか知らなかった私たちにとって、外の世界は新鮮だった。
「ここで待っていなさい。すぐに戻るから」
要塞の中を父に案内してもらった。色めき立つ兄妹を優しく見守り、色々なことを話してくれた父。私は完全に忘れ去っていた。
今にして思えば、それは。
父が最後の最後に見せてくれた、心の擦り切れる寸前の笑顔だったのかもしれない。
「……ヤエ、お腹すいた」
父は最後に、私たちを三つの軍の中心にある大きな広場に連れてきてくれた。
広場の最奥には、巨大な八重桜が見事に咲き誇っていた。私たちは、初めて見た桜に大はしゃぎした。
だが、やがて父はそう言って私たちを置き去りにした。
最初は疑いもせずに待っていた。ずっと。ずっと。一時間経っても。ずっと。
「俺だって」
きっと何か用事があるんだろう。すぐって言ったから、すぐに帰ってくるはずだ。
父は約束だけは絶対に破らない。まだ、待っていよう。
そう思う余裕があった。希望があった。
けれど、父はそれきり帰ってこなかった。
「……お父様、どうしたのかしら」
やがて雪は降り積もり、私たちは桜の木の下に身を寄せ合って座り込んだまま、空腹と寒さに怯えた。
このまま、どうなるんだろう。そんな恐怖心さえ募った。
積もった雪が二人の肩に、足元に。くしゃみをすると、寒さに震えた。ヤエがもっと身を寄せてくれた。
暗くなった。
でも雪は止まない。
「――――捨てられたのかな」
ぽつりと、ヤエが静寂の中呟いた。
私は答えなかった。答えられなかった。そうだと認めてしまったら、後戻り出来なくなるような気がして。本当に、そうなってしまう気がして。
私は、黙っていた。
身を寄せ合う暖かさは、雪の中でも残っていた。
父の着せてくれた分厚いコートとヤエのお陰で、寒さはそこまで酷く感じなかった。
けれど、意識がだんだん遠のいていくのを感じていた。
暗くなり、すっかり闇に覆われた中。
寒さのせいなのか、眠気なのか。見分けもつかないまま、私はそれに身を任せた。
もう、何も考えたくない。
「 」
夢を見た。見事に咲き誇る八重桜の下、必死に祈りを捧げ印を結ぶ男の姿を。
何を祈っていたのか。願っていたのか。
男は泣いていた。声を上げて泣きながら、印を結んでいた。
やがて届いた願いはそれを形にして、眩い光を与えた。
八重桜の下、二人の――――
目が覚めた。
そこで。一体、男は何を求めていたのだろう。否、それよりも。
あの後ろ姿は、紛れもなく父親だった。
そして八重桜の下にあったのも――、
「ザクロ」
ハッとした。混濁する意識から、ヤエの声を頼りに浮上する。朝日に包まれ、八重桜は今日もまた見事に咲き誇っていた。
花弁が舞った。それが、ヤエの頭に落ちる。ヤエは半分諦めたような、解りきったような。曖昧な笑みを浮かべていた。
「……そうね」
私もそれで、ようやく頷く。淡い笑みを浮かべて。
理由なんて、解らないけれど。
これ以上待っても、きっと私たちは。
「――どうしたんだい」
だがその時、不意に声が掛かる。聞いたことのない男の声だった。
男は言った。そして、優しく手を差し伸べてくれた。
私たちは、それに縋った。
ただ、それだけのことだ。
****
疲れました続きます