ガトー追憶記③
- カテゴリ:自作小説
- 2013/11/28 09:56:01
【銀の守り笛~かってにスピンオフ】
ガトー追憶記 ③/5
さりとて、ボクの試験結果は当然として不合格であった。実際、階級があがればそれだけやる事も多くなるのでボクとしてこのままで十分であったのだ。これで、あと最低二年は王宮についてさらに調べる事ができる。
なお、今年の自由課題は『王宮内での再利用可能地域における医薬品調合の最適化考察』というこれまた薬剤師とはまるで関係ない膨大な資料を提出した。面接では提出書類については何一つも質問が無かった。
試験結果が出た後に実家への呼び出しがあった。ウィル兄さんがめでたく近衛師団に入隊したので家族でお祝いをするというのだ。二回連続での試験の不出来について追及されるのは嫌であったが、理由が理由だけに帰らない訳にはいかなかった。
実家に戻るのは1年ぶりぐらいであろうか。相変わらずボクの居場所はココにはないと感じていた。ただ、母からの溺愛に少しだけ寛容になったとのかもしれない。
食事が終わった後に、めずらしく父から呼び止められた。
『ガトー、後で私の部屋にきなさい』
二人きりで話す事など皆無の父からわざわざ呼び出さられるとは、いよいよ試験について何か言われるのだろうと気が滅入る思いであった。
自分の部屋で気合を入れなおして、父の書斎へ向かい中へとはいると、父は何か書き物をしていた手をとめて、椅子に座れと命令した。
大きな茶封筒と薄っぺらな封筒を持って向かいに座る父に少し緊張したボクがいた。
レンズの小さな眼鏡をはずしながらゆっくりとボクにむかってはなしかけてきた。
『薬剤師としての仕事や勉強はどうだ?』
『可もなく不可もなくといった所です』
とボクは淡々と答える。にやりと口角をあげながら大きな茶封筒を机の上において父は続けた。
『それはそうだろう。薬草の事など一つも調べずにこんなレポートばかり書いていては、試験にも受かるまい』
封筒に入っていたのはボクが課題として提出した膨大なページのレポートであった。なぜ、父がもっているのだろう。
『しかし、なかなか面白いレポートだ。よくここまで調べ上げたものだな』
と父はボクのレポートをぱらぱらとめくりながら言い、今年出したレポートのあるページを開いて更に続けた。
『この聖堂についての考察はどこで調べたんだ?ここは使われなくなって20年以上たっている。当時を知るものもいないはずだが?』
王宮には聖堂とよばれる場所がいくつか点在しているが、父がさしている箇所は西のはずれにある王宮とは別の丘の上にある建物で、普段は鍵がかかっており立ち入りを禁止している。外からみると馬小屋にしか見えないが、中には高価な調度品が鎮座してある場所だ。
『サッチモ夫人と、以前王宮にある便所について調べているときに知り会いました。便所掃除をお手伝いしたら、お礼に食事に誘われて。そこで小屋を管理しているご主人にもお会いしたのです』
とボクは答えた。前に王宮のトイレの数を調べていたら通路に掃除道具が散らかして、ころんでいる婦人がいたのだ。それがサッチモ夫人で、一緒にトイレ掃除をしたらやたらとボクを気に入ってくれたのだ。誘われた食事もすごい美味しかったしご主人も、楽しい人だった。その時に聖堂をこっそり見せてもらったという訳だ。
クックックと小さく笑って、父はぼそりと声を発した。
『まったく、サッチモのお調子者め』
口ぶりからすると、父はサッチモ夫妻を知っているようだ。そんなボクを見て父が続けた。
『なぜ、私がサッチモを知っているのか不思議なようだな』
そして唐突に質問をしてきた。
『ガトー、お前は私がどんな仕事をしているか知っているか?』
『ええ、王宮第四武具管理室のご所属ですよね』
『うむ、表向きはな』
『はい?』
何をいきなり言い出すんだ?表向き?いったい父は何をしているのだろう。
『お前も成人して、王宮の重要部署で働く事になったらわかる事だが、第四武具管理室などというところは存在しない』
『存在しない…?』
『そうだ、私が本当に所属しているところは、王宮内人事特務調整内偵室という。簡単にいうと王宮内で適材適所に人員を配置する役目だ。役目が役目なだけに表向きに公表できないのだ』
いきなりとんでもない秘密を暴露されて、ボク自身は何がなんだかわかっていなかった。
『さて、私の事をばらしたところで本題へ入ろう』
すると父はもう一つの小さい封筒をすっとボクの前に差し出した。中身を空けてみろと促す。封筒の中身は紙が一枚入っており、黒い太字で”総務執務室を命ず”と書いてあった。
『そ…総務…しつむ…しつ…ですか?これはなんですか?』
父はボクの問いに答えずに、違う事を言い出した。
『私の同僚にモーリスという男がいるんだがな。セバスチャン・モーリス卿といって男爵の称号をもつ貴族なのだ』
貴族には基本的には興味がない。
『モーリスは貴族のわりにはどうも庶民よりというか、小さい事でも人の役に立ちたいというか。あまり生き方の上手な男ではないのだ。その男が、最近の王宮内を憂いでいてな。我々のような人をまとめる部門はあっても王宮内の諸々の事をまとめるものが居ないというのだ』
『ずいぶんと裏方の事が気になる御仁のようですね』
とボクが答えると、そのとおりだと父が答えた。そして
『王宮内について取りまとめるなら宮廷直轄部門として存在しなければいけないと言って、さっさと書類を提出して承認を得てしまったんだな。誰もやりたがらない裏方作業を率先してやるというのだから、皆がもろ手をあげて承認したのだ。それが先ほどの総務執務室というわけだ』
『ちょっとまってください。先ほど総務執務室に命ず…と…』
『うむ、モーリスのやつ、部門を作ったのはいいが、スタッフについて何も考えてなかったのだ。そこで私に相談してきたのだよ。だれか推薦できるものはいないか…と。でもだれでも良いわけではない。王宮内に詳しくて、ある程度秘密も守れる常識人で、何よりもバイタリティがあるものが必要だと』
『はあ…』
『しかし、私は困ったのだ。バイタリティのある常識人はいくらでもいるが、王宮内に詳しいとなるとこれが難しい。王宮内に詳しい人間はそれなりに要職についており、新生部門のスタッフとして配置は出来ない。主要な若手ならなおさらだ。私は困って最後にアレックスさえ候補にあげたくらいだからな』
『アレックス兄さんをですか?』
『そうだ。宮廷軍法戦略室となると宮廷内に内通している事が多いからな。しかし、そこの上司に断られたわ。アレックスは室内の期待の星だからダメだとな』
『そりゃ、兄さんは特別ですからね。歴代のハインツ家の男子の中でもずば抜けているのでしょうから』
ボクは少し自虐的に答えた。父はボクの言葉には反応せずに、しかしだなと言いながら少し顔を近づけて話を続けた。
『アレックスの上司は薬剤師の試験官も兼ねていてな、その男がこういうのだ。お宅の三男坊が面白いレポートを書いているぞと』
なるほど、先ほど父がボクのレポートを持っていた理由がやっと解った。
『ガトー、このレポートは誰かに言われて始めたわけではなかったな。2年前にも同じような事を聞いてきたが、ずっと続けていたとは…お前もやはりハインツ家の男子だな』
ハインツ家とは関係ないと思ったが、そこは口にしないで黙っていた。
なんだか、会社みたいですがねw
でも、多くの人が実際に宮廷内で働いているわけですし、華やかな主人公は話の流れ上
すぐにトップの人と打ち解けるなんて事がありますが、実際は縁の下の力持ち的な方の
支えがあってこそだと思います。
折角なので、そういう裏方の人にスポットあててみたいな~と思って書き出したのが
この追憶記です。
残り2話は週明けに掲載します。
しかも、どれも、ありそうなww
「パンの耳」に間違われそうな部署にも、
それらしい名称を考えなくてはいけない時がきた・・かも?w
追憶記なので、しょうがないのですw