「契約の龍」(96)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/08/17 08:00:22
夕食の間に雨が降り出したらしい。雨具の用意がないのと、足元が危ないのとで、寮には戻らず、こちら――学長の家の方――に泊まる事になった。試着が一日では終わらなかったので、次の日も結局ここに来る事になってはいたのだが。
「……クリス」
用意された部屋に入ろうとするクリスを呼びとめた。
「…何?おやすみの挨拶?」
「それもあるけど……ちょっと、渡したい物があって。……大した物じゃないんだけど、学内で渡すと、誰に見られてるか分からないから」
「人目を憚るような物?…にしては、ポケットに入るくらいのサイズのようだけど」
「いや…物自体は、別に人に見られて困るような物じゃないんだけど…」
クリスが怪訝そうにこちらを見上げる。
「…実物を出せばいいんだな」
ポケットからそれを取り出す。
時間がなかったので、箱は間に合わせだし、贈り物の体をしていないのが難点だが。
「…誕生日、おめでとう。……ちょっと早すぎるかもしれないけど」
クリスが目を丸くする。
「……調べたんだ?」
「調べた、というか、まあ…」
見当はつけてたけど。
「陛下から聞いた。それで、冬至祭の贈り物のついでではない方がいいだろう、って」
「ありがとう……開けて見て、いい?」
「どうぞ。……本当に、大したものじゃないから」
箱を開けたクリスは、数秒、言葉を失った。
「……これ、もらっちゃっていいの?………課題として提出したら、相当な点が期待できそうなんだけど」
「…贈った物に対して、そういう感想が返ってくるとは思わなかったな」
「あ、ごめん。…うん、すごく驚いたんで。……ある意味アレクらしいし……とっても心強い」
護符を贈って「らしい」って言われるのも、なんか複雑な気がするが。
「どうせ、また王宮に行くんだったら、「龍」に接触したいって言い出すつもりなんだろうと思って」
接触するのは精神体だから、護符にどれほどの効果があるかは判らないが。
「…そのつもり、だけど…どうして?」
「どうして…って、何が?」
クリスが何を言うべきか考えるようにちょっと上に視線を彷徨わせる。
「…何でもない。あんまり驚いたんで…どういう反応を返せばいいのか分からなくて。えーと…」
一旦言葉を切ると、おもむろに抱きついてきた。その上、コドモがやるように顔を擦り寄せる。
「…嬉しい。…今、「誕生日」でもらえる、ってことは、「冬至祭」の分は別にある、って期待していい?」
「……ご期待に添えるかどうかは分からないけど…一応、用意はしてある」
弾かれたようにクリスが顔をあげて、まじまじとこちらを見つめる。
「…………驚いた。じゃあ、この雨は、アレクが降らせてるんだ」
「ひどい言われようだな」
「冗談だよ。…では、私も何か贈り物を用意しないとね」
期待しないで待ってて、おやすみ、という言葉を残して、ドアの向こうに消えた。
予想した以上の反応だったので、こっちの方が途惑ってしまった。