歴史秘話ヒストリア ~天皇の料理番 秋山徳蔵~
- カテゴリ:コーデ広場
- 2013/11/14 17:36:35
チケットで新白ガチャ回してみた。一番欲しくないものが出た (´;ω;`)
昨日は龍馬が愛した女、お龍さんのお話でしたが、
さかのぼって10月23日のお話をば^^;
宮廷料理の舞台裏にようこそ ~天皇の料理番 秋山徳蔵~
秋山徳蔵という人は、
大正天皇即位の晩餐会を任されると欧米の賓客を唸らせ、
日本が西洋化をなしとげた一等国であることを世界に示したり、
戦後にはGHQへの料理外交 etc で日本を救った人。
昔はヨーロッパへ行くのにシベリア鉄道を使ったんですね~
ジョルジュ・ビゴーの「西洋料理 小吾妻」のイラストがな~
日本髪の女性はそこそこきれいに描かれているけど、
食事をしている男性がサルっぽいぜよ・・
現代は日本食が世界中で大ブーム。
江戸の昔、
欧米の人間が伝統的和食に堪えられなかったというのは、
人種差別で端から受け付けられなかったんじゃ・・?と思ったりーー;
秋山がパリへ行った頃も人種差別は激しかったことでしょう (`・д・´)
帝国主義の時代 西欧列強の植民地はアフリカ、アジアへと拡大していた
の時の図。
この時はすでに支那はイギリスの植民地になってたんじゃ?
と違和感。
この地図ひとつで西欧の世界の侵略具合がよくわかったのになんで?
と思いましたーー;
大正天皇即位の晩餐会の後、秋山は天皇の料理番となります。
「料理を通じて天皇を御守りする」
を使命としたその真心込めた献身的な仕事ぶりが素晴らしいです。
敗戦後、日本にやってきたGHQに、
皇室に対する彼らの考えを好転させるには彼らにすがらなければならない
そう考えた秋山は屈辱的な扱いに耐えながら接待します。
料理と心配りで天皇をお守りしたのです。
それは、
たくさんの幹部から感謝状を送られるほどの素晴らしい料理だったそうです。
その後、
お年を召し、味の好みの変わった天皇に本格的な和食を召し上がって頂きたい。
還暦を過ぎた秋山は天ぷら屋や鮨屋に通い修行をします。
ぉぉ・・
天皇陛下はそれまで揚げたての天ぷらやお鮨を食べたことがなかったのですね@@;
食べることは生きること。
昭和天皇が長生きされたのは、秋山のお陰かもしれませんね^^
料理を介し、真心を捧げ尽くした生き方。
料理番の鑑ですね。感動しました。
天皇のために尽くすことは国に尽くすと同じ。
この放送を見るまで知らなかったように、
私たちはたくさんの先人の苦労努力あって平和に暮らせているのだと感謝します。
ねずさんの ひとりごと 昭和天皇行幸
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1322.html