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■近代文藝之研究|講話|ピネロ作……(19)

■近代文藝之研究|講話|ピネロ作「二度目のタンカレー夫人」 (19)

エリーンはそれを聞て、それは父上の無理である、人間は生れながらにして善惡二つながらに觸れて判斷する本能を持て居るのであるから、それから離して置かうといふのは出來ないことでせうといふ。此邊が一種の哲學に入つて居る處である。オープレーはエリーンの言に次で、それは兎に角必ずお前はアーデールとの關係を絶てと言ひ切つて此室を出て行かうとすると、エリーンはこれを引止めて、私は決心して思ひ切らないと定めたといふ。オープレーは覺えず娘の顏を見て、矢張お前は死んだ妻の子である、母の氣性其儘が今こそ現はれたといひ、尚語を次で、然し今夜は私も何を言つて居るか解らない程思ひ亂れて居るから、凡ては明日の朝の事といつて、室を出て行く。
舞臺面は更に變つて、エリーンが獨り取殘されたまゝ偶と耳を傾けると、窓の外に人の氣合がするので、立ち上つて見ると、庇の下にパウラが居る。でエリーンはパウラを此室に呼び入れる。パウラの顏は眞蒼で髪も稍亂れて居る。エリーンはアーデールを思ひ切らねばならぬといふ父の命令は無論パウラの讒訴からだと思ひ込んで居るから、心に憤りを含んで、今までの父との話も其所で立聞きをしたのであらうと詰る、そして何故私とアーデールとの情交を斯樣な慘酷の事をして裂いて下さつたか、アーデールの身の上といふものも恐らく人の口の端を信じて取次だだけでせう、それならば奈何して貴方は其通り違ひないといふ保證を附けますか、それとも貴方自身で……といひかけて、不圖エリーンは言を切つて、覺えず眼を据ゑてパウラの顏を睨みつけた儘、ニた足三足我ともなく後方に退いて、パウラ!、と愕きの一言を發する。蓋し偶と思ひ及んで、此の時はじめてパウラ自からがアーデールと關係したのであらうかと推察をしたのである。



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*註1:エリーンはそれを聞て
原本では文頭は前ページの文末より改行なしでつづいている。

*註2:父上・父
「父」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hu_chichi.jpg

*註3:判斷
「判」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/han_wakaru.jpg

*註4:次で・取次
「次」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ji_tsugi.jpg

*註5:お前
「前」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zen_mae.jpg

*註6:絶て
「絶」の正字体。旁の「色」が「刀」+「巴」。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zetsu.jpg

*註7:此室を出て行かうとすると、
原本には「此室を出て行かうとすると。」とあるが誤植と思われるので句点を読点に改めた。

*註8:死んだ妻の子
原本には「死んた妻の子」とあるが誤植と思われるので改めた。

*註9:尚語を
「尚」の旧字体。「ナオガシラ」は「小」。

*註10:解らない程
「程」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hodo_tei.jpg

*註11:朝
「朝」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/chou_asa.jpg

*註12:更に
「更」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/sara.jpg

*註13:人の氣合がするので
「人の氣配がするので」の誤植(あるいは講話記録者の聞き間違い)かとも思ったが「氣合」には「こころもち。気持。気分」の意もあり、「人の(ゐる)氣合がするので」と読むことも可能なため原本のままとした。

*註14:其所
「所」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tokoro.jpg

*註15:情交
「情」の正字体。「月」は「円」。
「交」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kou_majiwaru.jpg

*註16:取次だだけでせう
原本には「取次だたけでせう」とあるが誤植と思われるので改めた。

*註17:其通り
「通」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註18:違ひ
「違」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註19:退いて
「退」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1




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