■近代文藝之研究|講話|ピネロ作……(6)
- カテゴリ:その他
- 2013/10/14 18:44:55
■近代文藝之研究|講話|ピネロ作「二度目のタンカレー夫人」 (6)
一八七〇-八〇年頃英吉利の劇壇を司配して居つたコンヴェンショナリズムの喜劇的嗜好はピネロをして「福蜘蛛」の如き材料にすら、強て光明的の結末を附するの止むを得ざるに到らしめた。それは成程實際世界に於て殊に英吉利の如き道徳の進んだ社會に於てこそかやうな事件の多くは立派な紳士の心、寛大な性質からして、忍ぶべきを忍び以て其事を無事圓滿に結局せしむるかも知れないが、其無事な結局を強て避け、本然の人性の到る處を極めて、其所に普通道徳以上の深い眞理の輝き出づるのを認めんとするのも、一つの事業でなくてはならぬ。イブセン等が文藝の光でもつて照し出さんとしたものは、即ち此底の暗いところに横つて居る眞理である。死んだアーヴヰング次での英吉利の名優たるウヰンダムが、好んで演ずる喜劇、若くは喜悲劇ともいふべき「デーヴヰッド・ガーリック」または「ローズマリー」なぞの如きは、即ちこれと反對の側に立つて立派な紳士寛大な心の人物が忍ぶべからざる本性の要求をじつと耐へて、此世を平穩無事に治め行かうとする、其忍耐の刹那に生ずる淋しい悲哀を描き出したもので、これはまたイブセン式な著作と方向こそ反對なれ、人間の本性の底から閃き出づる美しい火花の一片で、ある點に於いては、選ぶところはないのである。英國喜劇の上乘なるものゝ妙所は、多く此點に存するといつてよろしい。
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*註1:一八七〇-八〇年頃
原本では文頭は前ページの文末より改行なしでつづいている。
*註2:劇壇
「壇」の俗字体。旁の「旦」部分が「且」。
*註3:福蜘蛛
「福」の旧字体。扁の「ネ」が「示」。
*註4:強て
「強」の俗字。旁が「口」+「虫」。
*註5:成程
「程」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hodo_tei.jpg
*註6:道徳
「道」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
「徳」の旧字体。「心」の上に「一」が入る。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/toku.jpg
*註7:進んだ
「進」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
*註8:社會
「社」の旧字体。扁の「ネ」は「示」。
*註9:忍ぶ・忍耐
「忍」の正字体。「刃」は「刀」の「ノ」に「ヽ」が交わらず離れる。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/nin.jpg
*註10:避け
「避」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
*註11:其所・妙所
「所」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tokoro.jpg
*註12:普通
「通」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
*註13:認めん
「認」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/mitomeru.jpg
*註14:文藝
「文」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/bun_aya.jpg
*註15:暗い
「暗」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/an_kurai.jpg
*註16:横つて
「横」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ou_yoko.jpg
*註17:次で
「次」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ji_tsugi.jpg
*註18:ウヰンダム
原本には「ウヰンダムス」とあるが誤植と思われるので改めた。
チャールズ・ウィンダム(Sir Charles Wyndham/1837年~1919年)のこと。イギリスの俳優、劇団経営者だが、医師の経験もある。喜劇を得意とした。
*註19:「デーヴヰッド・ガーリック」
原題は「David Garrick」なので現代風に表記すると「デヴィッド・ギャリック」か。作者はトーマス・ウィリアム・ロバートソン(Thomas William Robertson/1829年~1871年)。
なお、原本には「デーヴヰット・ガーリック」とあるが誤植と思われるので改めた。
*註20:「ローズマリー」
原本には「ローズ・メレー」とあるが、抱月の日記1903年3月19日の記述には「題ハ Rosemary 也」と記されており、「ローズマリー」と改めた。なおこの「ローズマリー」はL・N・パーカーとM・カーソンの共作。
*註21:要求
「要」の俗字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/you.jpg
*註22:著作
「著」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tyo_arawasu.jpg
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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1