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■近代文藝之研究|講話|ピネロ作……(5)

■近代文藝之研究|講話|ピネロ作「二度目のタンカレー夫人」 (5)

其一番主もなる理由は元來世の多數衆俗といふものは、一日頭や身體の疲れる仕事をして、夜分にでも劇場に行つて笑つて一日の勞を息めやうといふのであるから、好んで肩の凝るやうな藝術を味ふことなぞは出來ない、是れが現時の大都會の形勢であらう。さればこれらの多數を對手にする喜劇は、勢ひ餘り沈痛なものや、深刻な悲劇は不適當になつて來る。倫敦はじめ巴里伯林の劇壇に近年所謂音樂的喜劇といふものが盛んに入つて眞面目の悲劇の範圍を蠶食し墮落せしめて行くと、一部の人の慨歎するものも即ちこれらの事實から生じた現象である。かの大陸でイブセンの「人形の家」の結末を今少し調和的に緩和して、ノラが家出を思ひ止まるといふ事にして、以て俗人の趣味に投じようとしたといふ話。または倫敦でキップリングの小説「失明」を劇にした時に、其結末のあまりに悲慘なのは、倫敦の多くの人の快しとする所にあらずといふ趣意からか、其結末を目出度いやうに書き替へたなぞは既に心あるものゝ批難を蒙つたことで皆上に言つたと同じ事實を證明するものである。要するに喜劇を喜ぶといふことは、やゝもすれば人生の底に潜んで居る悲慘の流れに觸れることを嫌つて、表面の調和とか、平和光明とかいふ事に止つて居ようとする一種の通俗な考へから來る恐れがある。上に言つたピネロの初期の例が即ちこれらの一例と見られないでもない。



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*註1:其一番主もなる
原本では文頭は前ページの文末より改行なしでつづいている。

*註2:夜分
「分」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hun_wakeru.jpg

*註3:大都會
「都」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/to_miyako.jpg

*註4:深刻
「刻」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/koku_kizamu.jpg

*註5:不適當
「適」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註6:劇壇
「壇」の俗字体。旁の「旦」部分が「且」。

*註7:近年
「近」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註8:所謂
「所」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tokoro.jpg

*註9:音樂
「音」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ne_oto.jpg

*註10:蠶食
「食」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/syoku_taberu.jpg
 補註:「蠶」は「蚕」の旧字体。

*註11:調和
「調」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/cyou_shiraberu.jpg

*註12:投じようと
原本には「投じやうと」とあるが誤植と思われるので改めた。

*註13:キップリング
ジョゼフ・ラドヤード・キップリング(Joseph Rudyard Kipling/1865年~1936年)のこと。イギリスの作家・児童文学者・詩人。『ジャングル・ブック』『少年キム』等。

*註14:小説
「説」の旧字体。旁は「兌」。

*註15:既に
「既」の正字体。「白」+「ヒ」+「旡」。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/sudeni.jpg

*註16:批難
「難」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/nan.jpg

*註17:要するに
「要」の俗字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/you.jpg

*註18:嫌つて
「嫌」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ken_iya.jpg

*註19:平和
「平」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hei.jpg

*註20:居ようとする
原本には「居やうとする」とあるが誤植と思われるので改めた。

*註21:通俗な
「通」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1




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