■近代文藝之研究|講話|英國劇と道徳問題(3)
- カテゴリ:その他
- 2013/09/07 18:46:44
■近代文藝之研究|講話|英國劇と道徳問題 (3)
幼にして父を失ひ、浮世を母の手一つに育てられて人となつたアミーには、豫て許嫁の若い畫家がありますので、此女の性格は年よりも優せて、顏も何所となく淋しいところがあり、非常に正直な神經質な、身體の痩せた而してい衣裝の好みなども黒味の勝つた極素朴な、一言以ていへば面白味のない、若々しくない婦人である。それで彼女が斯樣に自から育たざるを得なかつたのは、畢竟早く父を亡くして小兒の時から彼女及び彼女の弟までもの義務を負擔して世故に於いたからで、弟の十ニ三許りなのまでが早や三十か四十にもなる人のやうな優せた風に出來てゐて、それが滑稽の材料になつて居る。要するに家内中がひねて優せた者の寄合である、と斯樣に説明すれば自から了解さるゝでありませうが、此アミーといふ若い女で、作者は先づ言つたら一種のシンボリズムで義務とか道徳とかいふ方面を標象即ちシンボライズして居るのであります。
而して彼女の従姉に「ケート」といふ若い恰度アミーと同年輩位の女を作つて、これはアミーとは直反對に、非常に華やかな活々とした、氣性の面白い、顏も美人で、衣裝の色の好みなども非常に華美なものを好む風に出來てゐる、少々は不品行といはれやうが構はない、自分の面白いと思ふ事なら他の毀譽は氣に仕ないでやつて見やうといふ女に出來て居ります。即ち此女を以てアミーが標象する所と反對なる快樂派を、シンボライズさせて居るとも見られ、これは一寸見れば、少し教育のある者には誰にでも氣が注くやうに、明らかに特色を附けて作つてあります。
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*註1:父を
「父」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hu_chichi.jpg
*註2:浮世
「浮」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hu_uku.jpg
*註3:畫家
「畫」の俗字体(一説に本字とも)。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ga_kaku.jpg
*註4:何所・標象する所
「所」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tokoro.jpg
*註6:黒味
「黒」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/koku_kuro.jpg
*註7:勝つた
「勝」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/katsu.jpg
*註8:婦人
「婦」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hu_tsuma.jpg
*註9:要するに
「要」の俗字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/you.jpg
*註10:家内
「内」の旧字体。「冂(=エンガマエ)」+「入」。
*註11:優せた者・作者
「者」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/mono.jpg
*註12:説明
「説」の旧字体。旁は「兌」。
*註13:了解さるゝでありませうが、
原本には「了解さるゝでありましやうが、」とあるが誤植と思われるので改めた。
*註14:道徳
「道」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
「徳」の旧字体。「心」の上に「一」が入る。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/toku.jpg
*註15:而して彼女の従姉に「ケート」といふ
原本には「而して彼女の姪に「ケート」といふ」とあるが、前ページ註で指摘したように「cassin=従姉妹」であるので「従姉」に改めた。
*註16:自分
「分」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hun_wakeru.jpg
*註17:教育
「教」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kyou_oshieru.jpg
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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1