Nicotto Town


小説日記。


割れない硝子。【2】




# - 1 / 魔術師(正)



「はぁ?」

 開口一番こんな声を出したのは、もしかしたら生まれて初めてだったかもしれない。
 状況が理解できないのではなく、相手の発言そのものが理解できなかった。

『いや、だからさぁ』
「もういい、良いよ。わかったから」

 ――人、殺しちゃった。

 果たしてそれは聞き流していいことなのか、それともすぐさま第三者に漏らすべきなのか、私にはわからない。
 そもそも、返事をした以上にわかっていないのだ。

「あとで、訊くね」

 とりあえず電話を切る。
 耳から離したディスプレイに表示されているのは、たった20秒たらずの通話時間。
 携帯を持つ手が小刻みに震えていた。
 まるで我が事のように、身体の芯から凍えそうになる。
 暑い。
 真夏のように暑いというのに。

「……は、はは」

 笑いは無意識に零れた。
 口元がいびつに歪んでいる。
 笑いのツボや沸点などは明確に意識できないものだけれど、なんだか不思議と笑えた。
 楽しいのか、それとも自分が可笑しくなってしまったのか。

 蝉のやかましい泣き声が渦巻いて聞こえる。

 ぐるぐると自分を取り巻いて、青空さえ私を嘲っているように感じた。
 罪って何だろう。
 本当に憎ければ、殺人を犯しても良いんじゃないだろうか。
 そう思うことは、間違っているんだろうか。
 殺人は、絶対に悪いことなんだろうか。
 私にはわからない。
 わかりたくも、無い。

 やがて母が迎えに来てくれるまで、正気で無かったことは確か。
 気づくと自分の部屋の布団に寝転がって、電灯を仰いでいた。
 パソコン依存症のクセに、ブログも、Twitterも、チェックする気にはなれなかった。

「……そうだ、電話しないと」

 独り言。
 わざと声に出さないと、一生動き出せないような気がしたから。
 のろのろと起き上がって枕元に放ってあった携帯を手に取る。
 ディスプレイには18時04分と表示されていた。
 晩御飯、なんだろう。
 十字キーの右を押して通話履歴を呼び出すと、一番上を押す。
 通話ボタンに触れた指が、また震えた。
 胸の辺りが焼け付くような痛みを訴える。
 訊きたくないと本当に願うなら、電話なんかしなければ良いのに。

「……馬鹿だな、私」

 適当に自分を罵っておく。
 コール二回で相手が出た。
 心の準備も出来ないまま、相手の声を待った。

『遅いよー。電話待ってたのに』
「え、……ごめん」

 呆れ返った声が耳朶を叩いて、また少しだけ思考がショートしかける。
 駄目だ、ちゃんと訊け。
 そのために電話したんだろう。

『明日アイス奢りね。何時間も待ってたんだから』
「うん、わかった」
『あ、でね。昼間の話なんだけど』
「――ち、ちょっと待って」
『ん?』

 い、いや。
 駄目だ。駄目だ、駄目だ。
 正気で居られる自信がない。
 それ以前に、こんな話私が訊いていいのか。
 私が誰かに口外しないなんて、お前にはわかるのか。

『んー、ああ、平気平気。どうせあんた他人に言えないでしょ』
「……」
『それでさ、おっかしいんだよ、あの人たち。あたしが包丁振り上げたらね、アホ面してあたしに止めて、って言うから、ヤダって言って心臓刺してやった。凄いのね、血、あったかいんだよ、あんた知ってた?まずキッチンに立ってた母親殺したから、次は昼寝してた父親殺したんだ。悲鳴とか出されるとご近所さんに気づかれちゃうから折角のところ我慢してベッドに磔にしてやった。包丁いっぱいあったから。んで次は妹ー。二人の死体見たらびーびー泣き出すから口に包丁突っ込んで黙らせたの。首掻っ切ったら吃驚するくらい血出るんだもん、あたし笑っちゃった』
「へぇ、凄いね」
『でしょ?でもこれはやった人にしかわかんないってやつ?楽しくてさ、あたし病みつきになりそう。一気に殺さないでとっとけば良かったなー。特に妹とか。ねぇ、あんた殺してほしい人とか居ない?あたしが殺してあげるよ』
「うーん、今は特に居ないかな」
『ちぇ、残念。あーでもね、あたしは家族だけじゃ止めないよ。もっともっと殺す。殺して味わわないと、あまーい果実をね』
「そっか」

 じゃあね、と切られた携帯に、いったいいつまで耳を寄せていただろう。
 私は震え声を出さないでいるのに精一杯だった。
 私は、その日から。

 友人の秘密を守ることに決めた。







*****


(/ω\)





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