割れない硝子。【1】<新連載>
- カテゴリ:自作小説
- 2013/08/29 23:50:01
# - 0 / 世界(正)
それは暑い日だった。
やかましい蝉たちの奏でるハーモニーを訊きながら、行きつけの本屋の駐車場を歩いていた。
7月初旬だというのに真夏のような暑さ。
これでは8月が思いやられる。
「夏は嫌いだ。大嫌いだ」
無意識に呟いた。
それは私の口癖で、この季節になると毎日のように口にしている。
飽きもせず、誰かに強要されてもいないのに、延々と垂れ流すのだ。
世迷言のように。
「だからお前と、お前のその顔も嫌いだ」
けれど世迷言は強すぎる日差しに焼かれて消えていく。
揺らめく陽炎が遠くで私に手を振っているような気さえした。
眩暈がするほど、夏だった。
「嫌いなものは嫌いなんだ。私が言ったから、嫌いなんだ」
吹き上げる熱風が真白いワンピースの裾を攫う。
私の好きな蜩が泣き始めるまでまだまだ時間がある。
照りつける太陽に溶けてしまわないように、私は日陰に逃げ込んだ。
自動ドアが静かに口を開くと、爽やかな冷気が店内へと私を誘い込もうとする。
けれど誘惑には乗らない。
もうすぐ母親から連絡があるはずだ。
未だに使いこなせていない気がする携帯のアドレス帳には、正味友達とも呼べない数人の知人たちのメールアドレスと、仕方なく入った文芸部の部員たちのメールアドレスと電話番号。
あとは、父親と母親。ピアノの先生の連絡先くらい。
別に、困らないと思っていた。
2年半経って未だにスライド式携帯のまま、あの日のまま、メールは誰ともしていなかった。
怖かった。
思い出なんて大層なモノじゃなくても、彼女と過ごした時間が消えて、無くなってしまうんじゃないかって。
そんなことは勿論ない。ここは空想の世界でも、妄想の世界でもないのだから。
「……嫌いだ」
肩に提げていたバッグから白い携帯を取り出すと、時間を確認した。
正午0時、ちょっと過ぎ。
丁度その時イルミネーションが輝いて、液晶画面に表示されたのは母親の電話番号だった。
そういえば、あの日もこんな感じだった。
こうやって、束の休みに本屋に遊びに行った帰り、戦利品を意気揚々と抱きしめて、私は母親の連絡を待っていた。
ディスプレイに表示された電話番号に見覚えがなくて、出るか出まいか、何秒も迷っていた。
見知らぬ番号には出ないと決めていた。
でもしばらく前にそうやって何度もかかってくる電話を無視していたら、後で担任の教師に注意されたことがあったから、しぶしぶ通話ボタンを押した。
「もしもし?」
一方的に元気な母親の声を聞いていると、どうしてか記憶はもっと鮮明に浮かんできた。
思い出せとでも言っているのだろうか。
これだから夏は嫌いなんだ。
熱に浮かされて変なことをしでかしても「夏だし」で済まされてしまうあの空気が。
私は、そうやって流してほしくなくて。
一人で、彼女を庇っていた。
馬鹿みたいに、律儀に勝手にした約束を守った気でいる。
「……うん、わかった」
あんなことをされても尚。
もしかしたら、好きだったのかもしれない。
*****
たまには変な話。
(*´Д`)