おもいつくまま書いた…
- カテゴリ:人生
- 2013/08/14 17:04:07
こわかったこと、
生きてきたいままでで、こわかったこと、
なんだろう?
子供の頃、
注射は痛いけれど怖くは無かったな、
肺炎になって死にかかったこと?
幼すぎて怖いとは思ってなかったな、
祖父母の家のある山の上から
アスファルト舗装された結構きれいな広い道を
わたしを背負って父…だったかな?
麓の村の病院まで歩いて連れていってくれて、
確か年末か年始のお休みの時期だった、
熱でぼーっとしてて、慌てる両親達の様子が
よく理解出来て無くって、
自分の身に起こってることだとは
理解出来て無かった気がする。
だから、怖いと思うことは無かったな…
数年前、父が脳出血で倒れて…
最初は寝てるだけかとも思ってたけれど、
症状を冷静に見て、思い当たる症状だったので、
救急車を呼んで、もう少しでも躊躇ってたら、
命の危険もある状態だったかも知れませんでした、
…いえ、ほんとは、一瞬だけ、ほんとにこのまま助かっても、
本人も、母も苦労することになっちゃうんじゃないか、
このまま死んでしまった方がいいんじゃないか、
ひどい表現だけれど、ほんとに、一瞬迷ったんです、
でも、母が動揺している様を見て、どんな状態になったとしても、
母にはこの人の存在自体が大切なんだ、と、悟ったというか
感じたんです。そこからあとは素早く行動出来たので、
一命は取り留めることが出来たし、
身体機能は麻痺も殆んど無くて良かったんです。
でも、認知症状と失語症が残りました。
それだって、症状は軽い方だと思います。
一時期は、わたしの顔を認識してくれて無くって、
でも、兄の顔はよく覚えてて、わたしを覚えていた部分だけが
壊れて無くなって、忘れられてしまって行くのかと思いました。
もちろん、脳の記憶はそんな風に部分で覚えてるわけじゃないけれど、
夜の間、くらい病室で、眠らない父を見守っている日々が続く間
辛かった…
もう、ずいぶん前から予兆みたいなものがあったんじゃないかな、
それを気づかない振りして見過ごして来たんじゃないかな、
死によって失われるよるも、父という人の存在が形が崩れて
失われて行くのをただ見ていることしか出来ないのが、
本当に怖かった。
言葉が不明瞭にはなったけれど、
今は、目の光が、倒れる前の頃よりも、
はっきり生きて光ってて、意識がはっきりしている様に思えます。
ひとりで出来ないことも増えちゃったけれど、
わたしの力が不十分で支えきれてないけれど、
もう少しだけ、生きてて欲しい…
日頃心の底にわだかまってる澱の様なものが、
思いも寄らず流れ出して来て、留めることも出来ずに
こうして形のある一塊の感情に、記憶になってしまうことがあります。
告白しちゃうと、他の方のブログのコメントにでも、
なんというか、申し訳ないくらいに、いろんなものが流れ出てきて、
いろんな物語を剪定して枝葉を落としてから書き込むことがあります。
仕事の面で自己実現を考えてた頃とは違うかたちで、
わたしの自身のなにかを書き残すことが必要な時期に来てるのかも知れません。
なにか、なにか出来るのかな?
現実世界の友達は、
そーゆー世界の創作活動もしてる先達(らしい、はっきり見せてくれない、笑)
なので、いろいろ教えてくれないかな、
父とわたしには、日頃は意識して無いけれど、
見えない絆が存在している、と、わたしは考えている様です。
でも、もやもやと掴み所がないかたちが無い…
本当に怖いと思う事は案外少ないものかもしれません。
病気って突然日常を変えてしまう。
それに抗いきれないのもあるし。
最後の一文にnekoyamaさんの心が光ります^^
nekoyamaさんとここでつながれたのは嬉しい事だと。
正直な言葉に考えさせられたしね^^