Nicotto Town


出逢いのあの日に行こう


「雨の街を」

映画の「風立ぬ」が公開され,
主題歌の荒井由実さんの「ひこうき雲」が何度もテレビで流れています。

「松任谷」ではなく「荒井」だった頃のユーミンの歌を聞くと,
会社にいたある後輩のことを思い出します。


彼は,関西出身で話が面白く,いつでも人を笑わせていました。
彼が就職してきてから何年かはいつも一緒に遊んでいました。
別の会社の女の子を紹介したら,その子と結婚し,披露宴は私が司会をしました。

そのうち私は,もっと気が合う後輩が出来たので,彼とはあまり遊ばなくなりました。


私が結婚することになり,彼に,披露宴の司会と二次会の幹事を頼みました。
彼は快諾してくれ,「打合せ」と称して何度も飲みに行きました。
相変わらず面白いことばかり言って私たちを笑わせ,
いつの間にか3人の子供の父になっていた彼は,子供のことも,
愛情一杯に,かつ,面白おかしく話していました。
毎回,終電を気にせず二次会,三次会と飲み,帰りはタクシーです。

何回目かの打合せの時,一緒に飲んだ先輩が「『いちご白書』をもう一度」を歌うと,
彼は珍しくしんみりとした顔で,「俺,ユーミンが荒井由実だった頃の歌だったら,
『雨の街を』がいっちゃん好きなんすよ~」と言いました。
「松任谷」は制覇していましたが「荒井」は聞き切れていなかった私が
「ん~。その歌は知らないな」と答えると,
「あれ~。知らないっすか~。凄いいい歌なんすよ~。
悲しいけど,凄いいい歌なんすよ~」と何度も言っていました。
彼がこんなに暗い顔をしたのは初めてでした。


彼のお陰で,私の披露宴と二次会は大盛り上がりでした。


数か月後,彼が退職したと聞きました。
誰にも挨拶せず,突然いなくなっていました。
何千万円も借金を作って返せなくなり,クビになったとのことでした。
夜遊びかギャンブルだろうとの噂でした。

確かに飲み方が派手だったけど,そんなになるまで遊んでいたのか。
あの飲み方を,毎晩,1年以上続けたとしても,何千万円にもなるかなあ。
きっと,もっともっと遊んでいたんだなあ。
俺が紹介した奥さんとはどうなってしまったんだろう。
可愛いと言っていた子供とは,実際には全然会っていなかったのかなあ。
そして,今,あいつはどこに行ってしまったんだろう。
・・・と思いました。


その後,荒井由実さんの「ひこうき雲」を買いました。
そして,その中に収録されている「雨の街を」を聞きました。

 夜明けの雨はミルク色 静かな街に
 ささやきながら 降りてくる 妖精たちよ
 誰か 優しく 私の肩を抱いてくれたら
 どこまでも遠いところへ 歩いてゆけそう

なぜあの時彼がこの歌を好きだと何度も言ったのか,分かるような気がしました。
家族を顧みずに遊びの中毒になって借金を重ねた男に同情の余地は無いのですが,
あの頃,本人も,自分のだらしなさに嫌気がさして,
今の生活を改めてもう一度やり直したいと思いながら,
夜になると遊びに行かずにはいられず,
自分一人の力ではそこから抜けられない馬鹿さを嘆きながら,
誰かに,遠い過去になってしまったあの頃に連れて行ってほしかったのだと思います。

彼のあの発言は,そんなSOSだったのかなあ。
でも俺は,自分の結婚を控えて浮かれていて,
後輩の異変やSOSに気付いてあげられなかったなあ。

・・・と,「ひこうき雲」が聞こえてくるたびに思ってしまいます。







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