◆ 海に宿る月 11
- カテゴリ:自作小説
- 2013/07/20 23:04:05
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=1016286&aid=51184919 からの続きにゃ
◇◇◇◇◇◇
波と共に押し寄せてくる、古い古い記憶。小さな卵だった自分を暖かく穏やかに包み込んでくれていた産みの親が、いつも語りかけてくれた軟らかな声。
「そうだね、僕はここで立ち止まってしまうわけにはいかないんだ。……急がなきゃ……」
雨はまだ遠く、静かな静かな台風直前の夕暮れ。シーズンが終わりひと気の消えた浜に降り立ち、人の目の届かない場所まで駆けて、冷たくなりはじめた海にゆっくりと足を入れた。
「佐和子……」
波打ち際に集まった半透明のクラゲが、道を譲るようにするりと左右に分かれ、静かに歩むかれを深い沖に誘うよう浮いている。
「どうか……」
どうか、恐れないで。
どうか、僕に恐れさせないで。
本当の僕に怯えるだろう佐和子の顔を見ても、傷つかない勇気を、僕に……
祈るように沈んでゆく彼の姿が徐々に膨らみ、無数の触手の塊となり波間に広がった。ちゃぽん、と広がった波紋も、やがて寄せては消える波に掻き消された。
台風が来ている。風が波を大きく揺らし、暗い空の彼方からこれから激しく降るだろう雨を予感させる。
佐和子の母親も仕事を早々に終えて帰ってきていた。
「今夜半から降り出すかねぇ。風もそうとう強ぅなってきとるし、明日の朝には過ぎるやろうけど……また庭の掃除が大変やねぇ」
「大変や言うても、どうせ掃除するんは私なんやけん、お母さんが困ることなかろう。
それより、明日朝早ぅ出勤せないけんやろ? 今日はもう休んだ方がええんと違う?」
「そうやねぇ。あんたも早ぅ寝なさいよ。こんな日は遅くまで起きとってもええことはないけん」
確かに、風にアンテナが煽られテレビの映りも悪い。
こんな日に限って図書館から借りていた本が家の中で行方をくらます。加えて、この数日どこが悪いというわけではないのだが、妙に体が重いような、熱っぽい気だるさが抜けない。
「うん、私もさっさと寝るわ」
濡れた手を拭きエプロンをほどいた。
布団の中でまどろんでいた佐和子の耳に、覚えのある音が飛び込んで来て目が覚めた。
ちゃぽん
激しく雨戸を叩きはじめた雨に紛れて、小さく鳴くように水音が響いた。
ちゃぽん
まさか?
締め切った雨戸の向こうから、それは一定の間隔を置いて三度、四度と繰り返し聞こえてくる。佐和子は静かに音を立てないよう、雨戸を細く開いて隙間から庭を覗き見た。
風で蹴散らされ、すっかり寂しくなってしまった百日紅の細い枝を、指先で弄ぶ白い背中が、月も星も無い真っ暗なはずの闇の中で、ぼんやりと淡く光って見えた。
佐和子が窓を開けたのに気付いたのか、視線を感じたのか彼はゆっくりと振り向き、ちょっと困ったように眉間に皺を寄せながら笑んだ。
「やぁ、佐和子」
考える余裕も無かった。
何故彼が今そこにいるのか。何をしに来たのか。この雨の中……佐和子は窓を超えて裸足のまま、雨の庭に駆け下りた。
「大丈夫なの? こんな台風の日に外になんか出て! こんなに濡れて、風邪でもひいたら……」
シャツの袖を掴んで彼を雨の当たらない軒下に引っ張って行こうとする佐和子を『しっ』と彼女の口先に人差し指を当てて制する。
ちらっと佐和子の母の部屋の窓を見て
「そんなに騒いだら家の人が起きちゃうよ」
眉間の皺はすっかり消えた笑顔を見せた。
「でも、こんなに濡れて……」
「濡れても僕は大丈夫だから」
濁りの無い笑顔の向こうに、佐和子はあの夜の光景を思い出した。しっとりと濡れた何百という細い触手たちがざわざわと蠢きながら、やがてひとつの塊を作っていくのを見た、あの夜。
思わず掴んでいた袖を手放し、後ずさってしまった彼女に、彼もその腕を背中に隠すように回して首を傾けた。
「やっぱり見ちゃったんだね」
少しトーンの落ちた声で呟いた。
「佐和子は、僕が怖くなった?」
怖いかと聞かれれば、怖くないとは言えない。しかしそれを口にしてしまった後の、彼の顔を見る事もまた怖い。返事に戸惑っている佐和子の気持を汲むように、ゆっくりと彼は話続ける。
「僕はずっと佐和子を見ていたよ。あの小さな佐和子が、海に沈んで僕の腕の中に落ちてきたあの日から、ずっと」
激しい雨にすっかり濡れてぺたんこになってしまった佐和子の髪が、大きく震えて飛沫を散らした。
あの夜、あの海辺で見た不思議なふんわりと大きな生き物。彼の姿へと月明かりの下で変化していった。どこかで見た覚えがあった。けれどずっと、ソレと一致させて考える事に恐れた。
似ている、と思ったが、あまりにも非現実すぎる。ありえない。確かにずっと探し求め続けていたけど、本当に存在すると思う事をどこかで諦めていたのも事実。
だから、一瞬胸をよぎった思いはその場限りで忘れようと心の底に沈めていた。
その、『ありえない』思いが再び胸に湧き上がる。
「りりちゃん……?」
「うん」
呼びかけられて彼は嬉しそうに、今まで見たどんな笑顔よりずっと、本当に嬉しそうに笑った。
「正確には、りりちゃんっていうウサギではないのだけどね」
海から溢れてきた水が、二人の足元に水溜りを作り始める。急に嵩を増してきた海が二人を呑み込もうとしていた。
「海が……大潮と台風が重なって? でも、まさか急にこんな……」
慌てる佐和子の肩に冷たい手が触れる。
「大丈夫、これは台風のせいじゃないから」
急激な海水の上昇。彼の不可思議な言動。理解できずに戸惑う佐和子を、彼は柔らかく抱きしめた。
「佐和子、僕の、最後の希望。この日を僕はずっと待っていた」
大きな波がとうとう二人を頭から呑み込んだ。
波はゆっくりと二人を浚い、遠い海へと運ぶ。素足の裏に小さな泡がぽつぽつとくすぐるように触れる、ほのかに明るい海の底。
「明るい?」
「うん。大丈夫だからね。怖くは無いから、少しだけ僕に付き合ってほしい」
「息が……」
「僕が居れば大丈夫。怖がらないで。そして、見て欲しい」
「見る?」
「そう、僕の世界を」
海の中はとても静かで、海面を荒削る風も無ければ、叩きつける煩い雨も無い。ただひたすらに穏やかで静かな暖かい世界。
「初めて会ったのも、こんな海だったね」
確かに、海の中だった。けれどあの日の水底はこんなに暖かくは無かった。ぼんやりと、佐和子はあの幼かった日を思い出す。
冷たく沈んでいったあの日。
けれどふとした瞬間に暖かく包まれた感触。その後、すぐに水を吐いて苦しかった。
苦しさの中で見上げた先に、りりちゃんと読んだあの生き物が居た。
あの日の緩やかな暖かさと、同じ温もりを今も感じる。
「あなたは、何?」
「全部教えてあげる。全部見せてあげるから、僕の全部を」
二人を中心に気泡の塊が、小さな竜巻のようにぐるぐると廻り始めた。
「僕は……僕たちは、遠い遠い昔、海と大地の狭間に生きていた祖先の、末裔……」
◇◆◇ 続くんだにゃ ◇◆◇
調整できませんでした(;▽;)ノ
でも終わりました~ありがとう~
>全部教えてあげる。全部見せてあげるから、僕の全部を。。
と言いつつ♨の入口をくぐるえっちぃ~展開 (*´艸`)
エンディングと男の子の背景説明で2話分必要でしょう。。。。
ベッドからにょろにょろお疲れさまです~
この暑い時期に夜更かしは体力の大敵ですよー><
連載物はあとを引くように続きにするのがお約束という事で(^_^;)
残りが1000字ほどオーバーしてるんで、
調整しながら削り倒して次回で終わらせるよう…努力してみるです(^_^;)
開封したかっぱえびせん小説だったのね・・・。
わざわざベッドから出てきてPC立ち上げたのに~~~^^;
んでも1コメ、GETね^^
うーん。 やあ予想では、これで佐和子が海が怖いという呪縛から解き放たれる?^^