Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


出遅れた七夕小説(4ねんめの続き)

 ケンゴは自分の名前があまり好きではない。
 特に字面が。
 『どういう字を書くのか?』と訊かれる度に、いったい何を考えてこんな字にしたのか、と親に問い質したくなる。
 だから、公的な書類以外は『ケンゴ』で通している。携帯電話のプロフィールも例外ではない。
 だから、付き合って一年になる彼女も、彼の名前を『牧田ケンゴ』だと思っている。たぶん。


「誕生日? えーと…………ごめんなさい、その日は……」
 ちょっと都合が悪い、と言葉を濁された。せっかくの日曜なのに。
 去年の彼女のバースデイは付き合い始めて間がなかったので、特別の事は出来なかった。
 ……というか、その頃はまだ『おつきあい以前』の状態だったのだが。
「バカ。そこは押すとこだろうが」
 と、悪友には言われたが、ゴリ押しして嫌われたくなかったのだ。
 おかげで、ケンゴは『清らかな交際』を十分すぎるほど堪能する羽目になった。野生の獣を手懐けてるみたいだな、と悪友には言われる。彼女に野生の獣の(そんな)イメージはないのだが。

「予定が入ってるなら仕方ないか。……じゃあ、前倒し、ってことで。その前日の土曜は空いてる?」
「……はい。今のところは、ですけど……」
 斜め上を見上げて何かを思い出すような顔をした後、そう返事が返ってきた。
「じゃあ、ずっと空けといて。……どこか行きたいとことか、ある?」
 一応訊いてはみるが、未だかつて彼女からのリクエストが返ってきたためしはない。今回もやはり、「んー……今のところは、特に……」という温度の低い返事。
「わかった。じゃあ、なんか考えとく。でも、まだ間はあるから、リクエストがあったらメールして?」
 付き合い始める前の観察期間はそれなりに長かったので、『嫌いなもの』『苦手なもの』は把握していると思う。
 とはいえ、彼女からのリクエストがあったら応えたいと思うじゃないか?


 待ち合わせの場所に着いたのは約束の十五分前。だが彼女はもうその場所にいた。
「ゴメン。待たせた」
「いえ、あたしが早く来すぎたから……」
 彼女が待ち合わせの場所に先に着いていることは多い。が、たまにとんでもなく遅れて来ることがある。そういう場合は、来る途中でたまたま目にした何かに見入ってしまった、ということが多い。
 ポスターとか、看板とか、ショーウインドウとか。
 二人で道を歩いている時も、そういったものに彼女が気を取られて足を止めてしまうことがたまにある。
「まあ、待ち合わせの時間より前なんだけどさ。じゃ、行こっか?」
 歩き出したケンゴの横を、そうですね、と言って彼女がついてくる。
 今日は誕生日の前倒しということなので、いつもよりも予算を張り込んでいる。あくまでも自分規準で、ではあるが。
 ……ひとつ、気になることがある。
 彼女は基本的にあまりアクセサリの類を身につけないのだが、こうやって出掛けるときには、ひとつだけ、シンプルで上品だがちょっと高そうなアクセサリを身につけているのだ。真珠のイヤリング、プラチナで小花を模り中心に小さなルビーを埋めたプチネックレス、真珠のチョーカー、プラチナでブーケを模ったブローチ……
 今も、カットソーの胸元をプラチナの小さいリボンの形をしたペンダントトップが飾っている。そしてリボンの右下にはやはりルビーが。……ルビーは彼女の誕生石だ。
 誰の趣味かは判らないが、控え目だが上質なそれは清楚な彼女に似合っていた。
 調べてみたがそれらはどこのブランドのものでもなく、すべて彼女のために誂えられた一点ものであるらしかった。
 時々、控え目なはずのそれらが誰かのマーキングのような気がして、自分が選んだものと取り替えたくなる衝動に駆られるが、いかんせん先立つものがないので無理矢理押さえ付けてきた。
 だが、今日は。

 連れ立って最初に訪れたのは、ジュエリーショップだった。
 あらかじめ選んであった小さなルビーのついたファッションリングを買い、彼女の右手につけさせた。
「えーと、これは……深読み、して、いいの?」
 彼女が指輪の嵌められた自分の手とケンゴの顔を交互に見て訊ねた。
「深読みって?」
「……えーと、いつかはこっちの方に指輪嵌めたい、……とか」
 彼女がからっぽの左手をひらひらさせた。
「……正解」
 自分の言おうとしていたことを先取りして言われてしまうのはなんだか面映ゆい。
 しかも改めて聞かされると、なんだかベタだし、……重い。
「あ、でも、重いって感じるなら気にしないで。ただのバースデイプレゼントだから。とりあえず」
「牧田さん……そういうこと言ってると、悪い女に騙されますよ? バッグだの時計だの、山ほど買わされて」
 ……このシチュエーションでほかの女のことを言っちゃうのか、この子は。
「綾さんは、ぼくのことを騙すつもりなんですか?」
 彼女が目を見開く。
「そそそそんな、滅相もな……」
 真っ赤になって否定するさまが可愛らしい。
 ……だが、ここがまだ店頭だったことを思い出した。

 以前、何かの折に「見に行きたいなぁ」と彼女が零していた美術展に行き(ものすごい人出だった!)いつもよりちょっとランクが上のランチを食べ(少し遅い時間だったのでアフタヌーンティーとケーキも堪能し)、腹ごなしに歩いている時、彼女がそのポスターに気付いた。
「あ、この花火大会、ちょうど牧田さんの誕生日ですね?」
 彼女が小さく指さす方向に、大きなポスターがあった。巨大な花火が広がろうとする一瞬を切り取ったそれは、毎年行われている花火大会のものだった。
「ちょっと遠いですけど、一緒に……あ、就活」
 今年卒業のケンゴは只今絶賛就活中だ。
 彼の第一志望は公務員で、しかも専門職だから相当に狭き門だ。全国の自治体に問い合わせして、該当職の募集は十人ほど。そのすべてに応募して、一次試験も全国飛び回って受けた。
 幸い、いくつかは受かっており、来週からまた二次試験行脚だ。
 ポスターに書かれている日程は一ヶ月以上先で、その頃には二次試験の結果も出ている。
「もし、二次試験全滅だったら、慰めてくれる……?」
 聞き様によってはかなりきわどいお願いを、彼女はあっさり流した。
「よしよしって頭を撫でるくらいなら、いつでもしてさしあげますよ?」
 どうせ就職先が決まったらご褒美をねだるのでしょう? と冗談めかした様子で彼女が言うので、ケンゴもまた、違いない、と冗談めかして返す。
 二次の残っている自治体はみんな遠方だ。一番近くでも、新幹線で二時間、さらに在来線での乗り換えがあるところだ。だから、公務員試験に合格することはそのまま遠距離恋愛になることを意味する。
 そのことを考えると、企業の方へ活動をシフトした方がいいのかもしれない。
 ケンゴは内心で溜め息を吐いた。

 翌日の誕生日を、彼女が『誰と』『どこで』過ごすのかは気になったが、あえて聞かないことにして、彼女を自宅前まで送り届けた。

------------

……あれ?
まだ終わりまで到達しない?

というわけで、続きます!

#日記広場:自作小説

アバター
2013/08/05 09:43
2年ぶりに続きを読んだような気が…w
一年越しに更新って気長すぎて、よほど大事な作品、テーマじゃないとできないプロジェクトな気がしますw

恋愛小説って、やはりどうしても作者の恋愛観が表に出てしまうのかなと読んでいて思いました。
いや、恋愛に限ったことじゃないですけど、特に、恋愛小説というデリケートな作品は読み手の人生観に直接訴えかけてくるものなんだなあ、と。

続きは一年後? 気長に待ちますw

↓らばQ、見てきました。
レベッカとビル、最後ケンカしてましたね…。女が家庭や恋愛に、男は軍隊や戦いに興味があるって偏りがよくわかるやり取りでした。面白い!
最初に内容が分裂したあたりで、レベッカがビルの内容に合わせようとしている部分がけなげで。
でもさりげなく自分の内容を押し通そうとしている。ビルはまったく意に介さずごり押しで続けようとしている。…男女差だけじゃなく、個人の性格も反映されてますよね、これ^^;
アバター
2013/07/19 03:21
…えぇ、終わりじゃないんですか? ~凹○コテッ
ら、来年の七夕まで待ちます。^^;

まぷこさんの書く恋愛ものって、すごく中性的ですよね。
女性の理想をごり押しする訳でもなく、男性の理想を盛ってる訳でもなく。
だからす~っと読めるのかも。
最近、らばQっていう超有名ブログで、「男女の違いを思い知った…学生にリレー小説を
書かせたら教授も仰天の内容に」って記事を読んだんです。
(この記事読んで、自分が男性的な小説を好む傾向が強いって分かりましたw)
で、まぷこさんの小説読むと、ちょうど男女の中間の文章に感じるんですよね。
地文とセリフの割合は、やっぱりこのくらいが読みやすいなぁ。
最近、何だか回りくどい感じの文章になっちゃってたんですよね。スランプ気味なのか。
初心に戻って、もう少しシェイプして書くように心がけよう。

らばQさんの男女の小説の違いの記事、なかなか興味深いですよ。
読んだこと無いならぜひ一度どうぞ♪
(でもまぷこさんなら、らばQさんとっくに知ってそうだわ)
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2013/07/15 17:02
来年までは続かない、……と思いますよー。

結末部分は書いてあるんですー。
でもそこまで行くところがねー……
アバター
2013/07/15 16:31
 どてっ 1年前の続きですか 次は来年の今頃ね -_-;



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