式飼い。【3】
- カテゴリ:自作小説
- 2013/06/08 18:40:38
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まあ、敢えて戦わなくたって。
最初から、力量なんて見上げるほど違うんだってわかっていた。
「ッ」
がきん、と妙に鼓膜を引っ掻く嫌な音を立てて刃が私の手を離れた。
同時にバランスを崩して尻餅を突く。痛い。
でも、異様な疲労感が肺と心臓のほうを苦しめていた。
呼吸が全然整わない。
「……それで成長したつもり?図体ばっかり大きくなって、舐めてるの」
キン、と鼻先に向けられた切っ先を跳ね返す術はもう無い。
すぐ傍に転がった刃をもう一度握ったとて振り回せなんてしないだろう。
腕が、いや全身が重い。
「……、ごめん」
ヘラヘラ笑うことくらいしかすることが無くて、とりあえず力不足を謝ってみる。
すると無言のままさくりと小気味良い音がして顔の右側の髪を一房切り落とされた。
散った無数の髪に別れを告げる間もない。
目の前の酷く大人びた冷たい真顔を直視できずにいた。
「立ちなよ。それとも今すぐ八つ裂きにして心臓をえぐり出そうか」
「ふん、やなこった」
凛と冷たい声。斬りつけられるよりよっぽどダメージがデカイ気がした。
それでも軽口だけは止めないでいると、自然と気だけは保てているような錯覚に陥る。
単純で結構。
鋭く息を吸い込んで止め、刃の柄を握って立ち上がると不敵に笑ってみた。
「ねえ刀。私とじゃ戦えない?」
「そうだね。弱すぎてどうしようもない」
「じゃあなんで相手してくれるの?」
「あたしは〝光〟だから。あんたたちみたいな野蛮人とは違って礼儀を重んじるの」
「型にはまっててうざったい」
「……ふぅん。だったら腕の一本くらい貰っとこうかな」
「痛いのは嫌だ」
両手に握った柄を中段に構えると、刀は未だに鞘からも抜いていない刃を頭上に大きく掲げて私を射殺すほどに睨みつけた。
それだけで背筋が寒くなる。
膝がガクガクする。
腕も無様なくらい震えてる。
なのに戦おうとしてる。馬鹿みたいだ、こういう無駄っぽいこと嫌いなのに。
……あーあ、私が死んだら孫の代に迷惑がかかるなぁ……。
「いざ!」
刀の声が空き地に木霊する。
私は駆け出した。ロクに考えもしないでさっきと同じように突進する。
「はぁぁぁぁあッ!」
かぁん!
炸裂する白と黒。
あまりにレベルの違いすぎる鍔迫り合い。
抜き放たれると同時に片手だけで叩き降ろされた刀の刃が私の腕をたったの一撃で痺れされる。
じんじん広がる生理的な悪寒が、血管を通って痛みの根を全身に張り巡らせ。
刃から噴き出る烈風が白と黒の色を混ぜ、分離して、反発しては互いを相殺しようと勢いを増す。
その度に吸い取られていくような気がする魂が、冷たい痺れとと共に胸の奥で激しく脈打つ。
ギリギリの均衡。
明らかにあと数秒しか保たない力比べ。
刀の顔はあくまで表情を変えずに、どこまでも冷徹だった。
「……どう、腕。痛いんじゃない。小枝みたいだもの」
「まあね。そんな感じ――ッ」
一歩、刀が踏み込んで来る。
それだけで踵が地面を滑った。
食いしばった歯の隙間から、喉の奥からうめき声が零れた。
「そろそろ止めてあげないと両腕ともぽっきり折れそう」
「ッ、心配、してくれるわけ?」
「まあね。そんな感じ」
「――」
ぐっと刀が、手首を曲げるようにしてその刃を押し込んだ瞬間。
声も出ないほどの激痛が両腕から上半身を貫いた。
じわりと視界が滲む。
体格も身長も、腕の細さも何もかも似たり寄ったりのくせに、張り合うことさえ出来ないなんて。
……所詮、私の覚悟なんてこんなものなのか。
垂れ流される白と黒の力。
白に呑み込まれそうになりながら、必死に手を伸ばそうとする黒は今にも力尽きてしまいそうだった。
軋むように狂った鼓動を刻む胸の中心が苦しいくらいに熱かった。
「…………やっぱり殺そうか」
ぽつり。
刀の口から漏れた一言は、失望と呆れにまみれていた。
ぎちぎちと擦れ合う刃が徐々に私のほうへ押し込まれてくる。
互いの息さえも届く距離に刀の顔が近づいてきて、言った。
「――虚しいね、敵討ちは」
「……ぇ」
瞬間。
世界が回った。
視界の端に映ったような気がしたのは、空いた刀の左手にずっとあった鞘が、私の脇腹を背骨が軋むほどぶっ叩いたシーン。
面白いように真横に吹っ飛ばされた身体は、嵐の中曝される木の葉に似ていた。
5メートル近くも目まぐるしく流れていく景色や地面と戯れて止まると、いわゆる戦闘不能な私は横様に倒れたまま指一本動かせなくなった。
武器はいつしか手の中から消え、口の中は生臭い。
息を吸おうとすると喉で詰まって、ごぷりと異様な効果音。どろどろ溢れてきた生暖かい液体の正体を知るのが恐ろしいとさえ感じた。
全身が痛い。どう痛いのかもわからないけどとりあえず動けない。
また視界が滲み始め、耳障りな草履の音が焦らすようにゆっくり近づいてくるのをただ待っていた。
やがて傍にしゃがみ込んだ気配がして、薄い膜を通したように不明瞭な刀の声が、耳元で囁いた。
「最期に訊いたげる。どう死にたい?」
――そうだなぁ、出来れば痛くないので。
「……それは無理」
__暗転。
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5日ぶりのPCだふおおおおおおおお
父が危険物なんちゃらの国家試験勉強のためPCを譲ってくれず、久しぶりに続きをば。
べらぼうに強いかべらぼうに弱いかの両極端が好きで、今回もこんな感じになりました。
あと今回は台詞を多めにしてみました。前回は語りが多かったので。
なんとなく世界を他人事のように見ている剣の感じるであろう痛みは描いていて楽しかったです(
それではここまでおつきあいいただきありがとうございました。
短くても良いのでコメントいただけると、本当に励みになります。
では次回も、ゆっくりしていってね。
こんばんは、訪問&コメント感謝です*
なななななんと、恐れ多きお言葉です……!
夢飼い。は結局由貴視点のが終わったら気が済んじゃって続きが思うようにいかず……
本当は乾のあとに遊里と虎崎さんからの視点も用意してたんですけどね……orz
途中で終わってしまって本当申し訳ないです。
表現の仕方には逐一こだわっているのでそういっていただけると本当に嬉しい限りです……
だからうpするのに時間がかかるんですけどね←
ファンだなんてとんでもない……!
ありがとうございます、これからも頑張ります!!!
惚れ惚れしちゃいます。
なんと言うのでしょうね、うまく言えないのですが表現の仕方と言うのがですね、あ、はい落ち着きます←
躍動感ある糾蝶さんのお話が大好きですファンなのです。
次回も楽しみにしています!