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■近代文藝之研究|講話|歐文學中の日本(8)

■近代文藝之研究|講話|歐文學中の日本 (8)

老人は其所に坐つて、何故お前は美しい妻に對して冷淡であるかと問ふ。ミウラは、自分は妻を非常に愛して居るし、また彼女の美しいのを知つて居るが、萬一自分が然う妻に打明けたなら、妻は付上つて、或は自分を振り棄てるやうな事がありはしまいかと心配する、それで彼女には態と汝は醜い女であると云ひ聞せてある。といひながら壁の方を指して、見られよ彼所に繪が掛けてある、あれは先日自分が他所から持つて來た醜い婦人の繪であるが、自分はこれを妻に示して、此繪こそ汝の肖像である、汝は此樣な醜い女であると僞つてある。彼女は此繪を見て泣いたが私が愛してゐるといつたので、彼女も漸く安心して氣を取直して素直に仕へて居る、なんと自分の策略は旨いものではあるまいか。とミウラは誇り顏にいふ。老人はこれを聞て、それはえらい策略かも知れぬが此所にお前に一つ見せる物がある。といつて自分が持つて來た一面の鏡を取出して、それをミウラに見せる。見ると、其鏡の中には立派な男らしい若い男の顏が寫つてゐるので、愕いて老人にこれは何人であるかと訊く。老人は答へて、それこそおハナが尤も愛して居る男の肖像であるといふ。ミウラはそれを聞て大に愕き忽ち顏の相が變る。すると鏡の中に映じて居る男の肖像の樣子も變つて來るので、愈よ不思議がつて、ミウラはいふ、自分の何たる馬鹿であらう、今日が日までもハナは自分を愛して居る者と思ふて居たが、斯んな立派な男が彼女にあらうとは思ひも寄らなんだ、自分が彼女を欺き得たと思つたのは自分が欺かれつゝあつたのだ、と自ら悔む。其問答の聲におハナが眼を醒しかける。老人ミウラに教ておハナに其鏡の中の男の何人であるかを聞けと云て自分は屏風の背にかくれる、其間に女は眼を醒しミウラの樣子の常時と異なるに愕いて何事と走り寄る。



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*註1:老人は其所に坐つて
原本では文頭は前ページの文末より改行なしでつづいている。

*註2:其所・彼所・他所・此所
「所」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tokoro.jpg

*註3:お前
「前」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zen_mae.jpg

*註4:自分
「分」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hun_wakeru.jpg

*註5:婦人
「婦」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hu_tsuma.jpg

*註6:肖像
「肖」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/syou_ayakaru.jpg

*註7:えらい策略
原本には「ゑらい策略」とあるが改めた。

*註8:鏡
「鏡」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kagami_kyou.jpg

*註9:思ふて居たが
原本には「思うて居たが」とあるが改めた。

*註10:教て
「教」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kyou_oshieru.jpg

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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1




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