■近代文藝之研究|講話|英國の尚美主義(13)
- カテゴリ:その他
- 2013/05/10 07:13:02
■近代文藝之研究|講話|英國の尚美主義 (13)
美は宇宙人生の最高現象、少なくとも其の一であることは疑もないが、それで實際生活を支配せんとするには弊がある。夫の美的生活といふが如きものは、文藝の範圍に始終すべきものを實際生活の上に濫用するより生ずる一種の悲劇でありませう。次に第三の自己の發揚といふこと、是れにこそ重要の意味がある。盖し當時動ともすれば科學的精神の勃興につれて客觀のために自己といふ主觀が埋没し盡されんとする、之に慊らずして埋没したる自己を掻き起こさうとしたのが即ち此の主張である。而して此の際自己を代表するには情緒の熱烈なる發動の外途がなかつた。所がそれもやはり例の極端に行つて情緒の熱烈は誇張となり奇矯となり遂にオスカー、ワイルドの如き人を出して一擧一動みな自己の廣告と見られるやうな事をする、ノルドオの所謂|自己狂《エゴーマニア》となり了つたのであります。
此の自己主觀を先とする見解と、一方の客觀を主とする寫實的自然派的見解とは、是また由來容易に相合せざる一大矛盾でありますが、私の即今ひぞかに考へてゐる所では、そこに一道の解釋がある、一言にて掩へば主觀の我はたゞ生命となつて一切の事象を客觀の指圖に任せ、そこに主客兩體の融合を見出だすといふ如き妙道を求めるのでありますが、是れは到底茲では述べつくせない。一つの纏まつた思想であるから他日を期するとして此の話を終ります。(明治三十九年講演筆記)
--------------------
*註1:美は宇宙人生の
原本では文頭は前ページの文末より改行なしでつづいている。
*註2:弊がある
「弊」の旧字体。「敝」+「廾」。
*註3:文藝
「文」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/bun_aya.jpg
*註4:始終
「終」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/owaru.jpg
*註5:次に
「次」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ji_tsugi.jpg
*註6:重要
「要」の俗字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/you.jpg
*註7:精神
「精」の正字体。旁の「青」の「月」は「円」。
「神」の旧字体。扁の「ネ」が「示」。
*註8:起こさう
「起」の正字体。旁の「己」が「巳」。
*註9:情緒
「情」の正字体。「月」は「円」。
「緒」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/syo_o.jpg
*註10:熱烈
「熱」の俗字体(か?)。「執」+「レンガ(レッカ)」。下記 URL の文字は作字したもの。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/sakuji_netsu.jpg
*註11:途が
「途」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
*註12:所が・所謂・考へてゐる所
「所」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tokoro.jpg
*註13:遂に
「遂」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/sui.jpg
*註14:廣告
「告」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/koku_tsugeru.jpg
*註15:ノルドオ
マックス・ジーモン・ノルダウ(Max Simon Nordau/1849年~1923年)のこと。参照⇒「英國の尚美主義(2)」註17
*註16:一道・妙道
「道」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
*註17:茲では
「茲」の俗字体(か?)。Unicode にも文字種がないようなので作字してみた。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/koko.jpg
*註18:述べ
「述」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/jyutsu.jpg
*註19:纏まつた
「纏」は正字体だが、「糸」+「厂」+「黒」+「土」の旧字体、もしくは同旧字体の「黒」が旧字の俗字体の可能性もあるが、印字が潰れていて判読不能。
*註20:筆記
「記」の俗字(か?)。旁が「己」ではなく「巳」。
--------------------
■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1