Nicotto Town


小説日記。


迷冥の回想。【ハイカラ】




「――諦めないでください」

自らの血だまりにひれ伏す少女に、葬儀屋は言った。
泣きそうな声で。責めるような声で。

「負けないで」


雨が、降っていた。




この番屋に来てから一年が経とうとしていた。
檻錠光夜という少年が新しく番屋の面子に加わり、大分とけ込んで季節が二つくらい過ぎた日の夕暮れに。

「青藍が死んだ」

ぞっとするほど静かな声で、詩は言った。
詩は息を切らして戸口に佇んだまま、子供たちは声を出すことも忘れてしばし固まっていた。
〝死ぬ〟ってなんだろう――あんな仕事をしているのに、はじめてまともに考えた。

「……なんで」

どこで、という質問も兼ねていることに、皆が気づいた。
震える声で尋ねたのは、意外にも風封だった。

すぐに奥の廊下から足音が二つ駆けつけてきて、玄関に降りると舞音はきっぱりと言った。
遅れまいと舞音の背中にしがみついていた桜が、何もわかっていなそうな顔で首を傾げていた。

「とにかく行こう」

――まだ仇が間に合うかもしれない

この頃の舞音は正義感が強かった。
仲間のためになら自らの命も惜しまない、強い人だった。
自分はというと、小太刀一つ満足に扱えない、ただの葬儀屋で。
死人の魂を冥界へと送る――要するに、戦いの後始末役。
そしてできることなら死体が出ないのが一番良いという話で、たった一つのオシゴトのためにそういった争いに同伴するのはいつも気が退けていた。
一日に送れる魂は一つだけだからなおさらだった。
けれども舞音と詩は自分に来いと言う。
どうせ使い物にならないとわかっているから、仲間の傷つく姿は見るに絶えなかった。


「……詩?」

番屋の面子を総動員ー―といっても、詩、舞音、風封、自分、光夜、闇世、桜の七人だけだったけれど――して駆けつけた件の現場に、青藍の遺体は無かった。
先頭を切って屋根から屋根へと瓦を駆けて皆を導いた詩は言葉をなくして呆然と立ち尽くしていた。
恐怖とも、絶望とも取れない感情がその横顔を染めている。
思わず声を掛けた、舞音が詩に一歩踏み出した時。

詩が色違いの瞳を見開いて何を見つめていたのか理解した。

「…………やだ」

ぽつり。
紛れも無い拒絶の言葉が。
「やだ、いやだいやだいやだいやだ」わななく唇から次々に溢れ出して、悲鳴になって、懺悔に変わった。

出来の悪い手品のようだった。

立ち尽くす子供たちは当然のように何も出来ないままそれを見つめていた。
黒子のような格好をしたたくさんの、数えきれないほどたくさんの人間が手に手に銀色に輝く刀を持って子供たちを取り囲むように瓦に登ってくる。
逃げ道を塞がれたことに気づいたのは、桜が苦痛の悲鳴をあげてからだった。

真っ赤な華が、パッと散った。

唐突に乱戦の火ぶたが切られていた。
左腕を斬られた桜が闇世に抱えられて身を捩っているのが視界の端に見切れる。
黒ずくめはうずくまって泣き叫ぶ詩に殺到した。
すかさず前に出た舞音が右腕を水平に振り切ると、空気中の水分を瞬時に凍らせて生成された蒼い氷がいくつもの氷柱となって黒ずくめの頭上に降り注いだ。
詩だけを避けた氷柱は黒ずくめをあっという間に串刺しにして――
凄まじい爆砕音。もうもうとけぶる冷たい靄が瓦を突き破り番屋をも破壊したことを意味した。
穿たれた大穴の下はやけに静かだった。


「奪え!」とどこかで声がして。
完全な闇が視界を奪い去った瞬間、舞音が動いたような気がした。

「燈れ!」と声がしたのは背後から。
一気に光が戻ってきた世界に目が眩んだ。
ぐったりした詩を、舞音が抱えて走ってくる。


それでも黒ずくめは一向に減る様子さえ見せない。

「来い!」

斜め前に居た風封が叫ぶと、彼を取り巻き竜巻のように渦を巻く暴風が壁のように黒ずくめの行く手を塞いだ。
舞音が別の屋根を辿って逃げていく。
上手く逃げ切ってくれるまで風封は保つかわからない。
自分もそろそろ逃げたほうが良いだろうかと身構えた瞬間、一人の黒ずくめが弓矢で舞音を狙っているのが見えた。
咄嗟に懐に手を差し入れると手に当たった小太刀を引き抜いて思い切り振り切った。
が、一歩遅く、鋭く風を切って舞音を追った矢は脇腹を掠った。
バランスを崩して瓦を転げる舞音を見届ける前に、小太刀は黒ずくめの胸部に骨を砕いて突き刺さり、どうやら敵と見なしていいらしい相手はまた一つ命を散らした。

まず比べるのも馬鹿らしいほど数で負けていた。
青藍はこいつらに襲われたんだろうか?
――なんのために?
あからさまに詩のことを狙っているのは確かだった。
でもわかるのはそれだけだった。

「舞音さん!」

せめて手助けだけでも、と無駄にしてしまった小太刀のことを頭から追い出して舞音に駆け寄った。
でも声をかけるよりも早く、

「迷冥、頼んだ」
「ッでも」
「僕が倒しておく!」

そんな風に強く言い伏せられたのは初めてだった。
ぐったりした詩を無理矢理押し付けて再び駆け戻ったあとに点々と紅い雫が落ちていく。
詩は意識をなくしていた。
どの時点で意識をなくしたのかはこの際問題ではなかったが、このまま番屋に連れて帰るのが果たして正解なのかわからなかった。

と。

「…………迷冥?」

戦いの音に掻き消されそうな小さな声が名を呼んだ。

「詩さん?気がついたんですか?」
「……私が倒さなきゃ」
「……詩さん?」
「あいつらは、私の敵だから」

色違いの瞳を真っ直ぐに目が合った。
純粋な殺意の中、ちらつく恐怖に幼き日の詩が映っていた。

詩は迷冥を押しのけて立ち上がると、刹那全身から真紅の炎を迸らせた。
爆発的な熱風が吹き付ける。気温が一気に上昇するのを感じた。

そう。また桜が舞っていた。
視界を覆い、邪魔するように桜吹雪が散っていた。

遠くて聴こえる戦いの音は相変わらず止まないのに、

――そこから先、どうしてか覚えていない。


気づいたら雨が降っていた。
戦いの音も、匂いも、全てが夜闇に飲み込まれて沈黙だけが世界を支配していた。

ボクは少女の傍に立ち尽くしていた。
自らの血だまりに溺れた少女の隣に。

「――諦めないでください」

__そう。桜が咲いていた。飽きもせず、今日もまた咲いていたんだ。

「負けないで」



*****

まだまだ全然途中です。
ただ長いだけで終わっちゃったので、続きまた書きますねー

これは載せなくてもいいか……


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2013/04/07 12:38
>伊勢崎さん

ほんとに、上中下で言ったらど真ん中辺りなんですけどねwwww
そう言っていただけて嬉しいです!


まだみんな、確執なんて無かった頃……絆とか、子供ながらに大切にしてたんだろうな、って
かきながら私も考えてましたw


が、ががががんばります!!(
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2013/04/07 09:24
話しが良すぎて2、3度読み返してしまいました。
最後の「諦めないでください」に涙腺が(´;ω;`)

連携プレーとでも言うのでしょうか!
助けるときもそうですが皆の間柄というか仲の良さがしみじみと伝わってきました´`*

続き待ってます!(
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2013/04/06 23:03
>カエデちゃん

そうそうw
本当は例のシーン(諦めないでのくだり)をちゃんとカキカキしたかったんだけどね……
いまいち良く演出できずに終わっちゃってorz

まず「詩はどこから来た」から始まるんだよね、私のキャラって幼い頃がことごとく空白だからww
デュフフフフ、これからどんどん行くわよ!!


確かにwww
名前と曲をちょっと借りてるだけでほぼ90%自己解釈だもんね、公式アナザーストーリーみたいな(
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2013/04/06 22:43
例の〝番屋狩り〟のお話ですかね。
どうしよう……これはもう、真面目に涙腺がやられました。

黒子たちの目的とか、まだ皆が一つになってる頃のお話とかたくさん気になります´`
といっても今全部いっぺんに知っちゃったらもちろんあれですから、
じわじわと ハイカラ革命 の秘密に迫っていく感覚を楽しませて頂きます!w

これってもう二次創作のようで超オリジナルですよね……吃驚



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