ジャンヌ・ラピュセル5
- カテゴリ:自作小説
- 2013/03/31 21:53:24
リザードマンたちはわれに返り、一斉に攻撃を開始する。遠くからリリィの叫ぶ声が聞こえる。 とうとうアルフガルド軍司令官は馬車を止めて、黒紫の水晶を天に掲げて叫んだ。 「では聞くわ!あなたにこの町を守ることができて?あなたに私たちを救うことができて!?」 リリィはジャネットに縛り上げられた司令官のところに行った。
「ジャネット、避けてーーー」
リルルはただ眺めていた。(あの不可視の結界は槍ごときでは壊れたりしない)
槍は不可視の結界によって砕けた。
リザードマンたちは動きを停止する。後ろから迫って来ていたオークたちは膝を地面につき頭を下げ始めた。
ジャネットはただゆっくりと宙から地面に降りた。
「ぎゃい、ぎゃ(お帰りなさいませ、マスター)」と、リザードマンたちは敬礼する。
黒紫の水晶を通してアルフガルド軍司令官にリザードマンたちの言葉は伝わる。
「気が狂ったか!?マスターは私だ!この黒紫の水晶がお前たちを存在させているんだぞ!」
「ぎゅーい、ぎゅぎゅ(われらのマスターはただ一人)」と、オークたちは進行方向を180度変更する。
「ぎゃいぎゃい(ただ一人)」と、リザードマンたちもオークたちに習う。
「エクスターム、ギャザー」の呪(しゅ)と同時に黒く輝き、続いて赤く輝く。
水晶の中へオークたち、リザードマンたちが吸い込まれて行く。
「やめよ」と、ジャネットはつぶやく。
黒紫の水晶が砕けた。
「馬鹿な!!」と、アルフガルド軍司令官は自分の手の中に残った砕けた水晶をさわる。
(逃げなくては!)
馬たちを動かそうとするが何度鞭を入れても動こうとしない。それどころか、鞭で打った傷が治っていくのを目のあたりにする。
黒紫の水晶がなければ存在できないリザードマンとオークたちはジャネットの身体から伸びる赤く輝く糸によって存在していた。
最初にオークたちが動き出す。
5匹のオークたちは右側の車輪に斧を投げつける。さらに5匹のオークたちも左側の車輪に斧を投げつけて馬車を壊す。
(馬車を捨てて逃げるしかない)
逃げ出そうとしていたアルフガルド軍司令官をリザードマンとオークが取り囲む。
「ひぁああああああ、うぉ、やめろ。やめてくれ!この化物どもめ!」と、アルフガルド軍司令官は叫び倒れた。
「縄で縛り上げなさい」と、ジャネットは命ずる。
リザードマンたちとオークは馬車の手綱をちぎって、気絶した司令官を縛り上げた。
ジャネットはゆっくりと、赤く輝く糸を感謝の言葉と共に消して行った。
黒紫の煙をあげながら消えて行く魔物たちの顔は不思議と笑顔であった。
ジャネットは前のめり倒れて行く。
それをリリィが支えた。「前から思っていたけど、やっぱりあなたは変人ね。訳のわからない神様を信じているし、魔物たちと会話するし、ほんとよくわからない人だわ。でも、それでもあなたは今も昔も変わらず私の親友だからね。って聞こえてないか。幸せそうな顔して気絶して…お嫁にいけなくなるわよ」と、リリィはジャネットのクチビルを触りほほ笑んだ。
二人のやり取りを見ていたリルルは少しためらいながらもリリィに聞く。
「あなたはどう思います?魔物と会話する。魔物を操る。それでも彼女は聖女と呼べますか?ボクも彼女の聖なる印を見て、聖女だと信じていました。でも、ほんとに聖女と呼べるのでしょうか?」
「……ボクにはできません。今は…まだボクの胸の中のドス黒い部分は置いておいて。助けられた、生かされたという事実に耳を傾けてみます」と、リルルは胸の前で十字をきる。
「牧師様!」
「なっ何か?」と、リルルはリリィを見る。
「…胸に押し込めていては、いずれそれが殺意になってジャネットを襲うかもしれない。またはあなたを襲うかもしれない。牧師様…あなたの気持ちもわかるわ。ジャネットは聖女じゃない。しかし、私たちは聖女を定義することはできても…「ただ一人の聖女」を見たことは一度も無い。「ただ一人の聖女」様も魔物と会話し、操れたのかもしれないわ。牧師様…神を信じる必要はあるのかしら?信じるのをやめれば消えるのかしら?誰かに信じてもらえないと存在できないのかしら?神とは何?五感で感じられることができて?いいえ、できないわ。あなたの信じる創造主とは何?善だけを作るのが創造主なの?悪は作らないの?そもそも魔物とは何?悪そのものなの?悪と会話し、悪を操るから悪なの?違うでしょ。わたしは「命」を救われた!あの子を信じる理由があるとすればそれで十分よ!」
「ボクも命を救われた……信じるから神はいる。そう信じてきた。たしかに彼女は、ジャネットはボクの信じる「聖女」じゃない。だが「ただ一人の聖女」様と同じ力を持っている。何故なら「神に与えられし、赤く輝く武器」を身体に宿しているのだから…。固い頭を割ってみるよ。少し目が覚めた…ありがとう。ジャネットを運ぶよ」と、リルルはしゃがみこむ。
「…まさか、おんぶするの?」
「そのまさかだけど。何かおかしいかい?」
「うふふ。いいえ、手を放すからもう少しこちらに来て」と、リリィは言う。
「わかった」と、リルルは後ろへしゃがんだまま下がる。
リリィは手を放す。ジャネットはそのままリルルの背中に倒れこんだ。
リルルはジャネットを背負い、教会へと向かう。